至上最幸の恋
「また絵のこと?」

 機嫌よく笑いながら、律がオレの向かいに腰かける。
 ここで話すべきなのか。いや、まだオレ自身もいろいろ整理できていない。いまは無理だ。

「ああ。描けそうな気がするから、少し部屋に籠る」

 いたたまれなくなり、律と目を合わさずに席を立った。

 情けない。一番身近な相手と向き合ってこなかった結果がこれだ。自責の念ばかりがこみ上げてくる。

 オレはひとりで生きていたほうがよかったのかもしれない。

 昔から、自分の感情を言葉にするのが苦手で、人と関わることを避けてきた。だが、ひとり旅に出るようになって、価値観が大きく変わった。旅先で、さまざまな出会いがあったからだ。

 海外の連中は、言葉が通じなくても気さくに話しかけてくる。身振り手振りや表情だけでも、伝えたいことは伝わるものだと知った。

 それから、人というものに興味が出てきた。
 オレが世界を旅するのは、単に景色を見ることだけが目的ではない。そこに生きる人たちと関わるためだ。

 人を知らなければ、心を動かす絵など描けない。だが、大切な家族すら幸せにできないような男に、そんな絵が描けるのか。誰の心も動かせない絵など、紙くずと同じだ。

 昼間からずっと、同じことばかり考えている。考えがまとまらない。いろいろな思いが浮かんでは消えていく。
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