至上最幸の恋
 瑛士さんがウィーンで出会った写真家のラウロ・ベッティーニさんは、瑛士さんが亡くなったあとも、定期的に連絡をくださっていた。そしていまでは、結婚してイタリアに住むさくらと、家族ぐるみのお付き合いをしている。

 瑛士さんが糸島を旅した際に知り合った長谷川家のみなさんとも、ずっと交流が続いていた。

 私や子どもたちは、瑛士さんが紡いできた絆に守られているのよね。

「そういえば、愛茉ちゃんのウエディングドレスは決まったのかしら?」
「いや、まだ。なんかすげぇ迷っているらしくてさ。今度、楓に見てもらうらしい。母さんも一緒に行くか?」
「まぁ、いいの? あぁでも、当日まで楽しみに取っておいたほうがいいかしら」
「どっちでもいいよ」

 笑いながら、桔平がミックスジュースを飲んだ。昔に比べると、表情がとても柔らかくなったわ。

 桔平は、瑛士さんがいなくなったことをなかなか受け入れられなかったものね。またこんなふうに笑えるようになって、本当によかった。

 ものの見方や考え方が周りの子とは少し違った桔平のことを、瑛士さんは心配していたわね。だけどあれこれ手出しも口出しもせず、自分の息子の力を信じていた。

 瑛士さんが言っていた言葉を、いまでもよく覚えている。

「子どもが自力で前に進もうとしているときに、親が立ちはだかっちゃいけねぇよな。先回りするんじゃなくて、後ろから見守る。親が背中で見せるのは、生き方だけでいい」

 そう言って、いつも優しい眼差しで子どもたちの成長を見つめていた。
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