始まりは一夜の出会いから
「…有咲さん、こっち向いて」


 そう言われて顔を上げると、周りから見えない様に私を新くんの身体の陰で隠してそっと触れるだけのキスを交わす。

 こんな場所でキスされるなんて思っていなくて、思わず涙も引っ込んだ。

 そんな私の顔を見て新くんは笑っている。


「目瞑って」

「…それ、普通キスの時言わない?」

「キスの瞬間はむしろ顔見ていてほしいので」

「何それ、バカ」


 そんな言い合いをしてから大人しく目を瞑ると、手を取られて左手の薬指に何かが当たる。

 目を瞑っていて確信はないけれど、その触れる指の位置はなんだか…。でも、新くんは結婚願望無いってはっきり言ってるし。

 そう思っても小さな期待を抱いてしまう。


「開けてください」


 目を開いて手元を見ると、左手の薬指にはキラキラとしたダイヤが控えめに輝く指輪がはめられていた。

 これって、もしかして…。


「え!?」

「あ、よかった。ぴったり」


 こんなこと無いと思っていた。

 だって、少し前まで結婚はしたくないってはっきり言っていた彼だったし、私も既に諦めてこのまま結婚しなくたって2人の形でと覚悟を決めていたのだから。


「向こうで一緒に住むってなったら、その時は俺と結婚して。有咲」

「た、ため…、名前…っ…!結婚!?」


 慌てている私に可笑しそうに笑って、新幹線が来たのを見て立ち上がる。

 突っ込みどころが多すぎて、理解も追いつかない。


「浮気、しないでね。返品も効かないから。指輪、外さないように」


 それだけ言うと、新くんは新幹線に乗り込んでいく。

 流れるようなプロポーズに理解が追い付かない。
 話したい事沢山あるのに新幹線は待ってなんかくれない。

 新くんは乗り込んでから振り返って、いたずらっ子の表情で笑っていた。

 それから文句なんて言えずドアは閉まっていく。

 聞きたい事、たくさんあるのに…!

 いつまで経ってもずるい新くんに私は振り回されている。

 彼に残された左手の薬指の指輪を見て、いまだに夢を見ていると、そう思ってしまっていた。
< 106 / 140 >

この作品をシェア

pagetop