始まりは一夜の出会いから
 仕事が終わって、着替えて美月と一緒に会社を出た所だった。

 見覚えのある姿を見つけて、思わず遠ざかる様に離れて歩く。


「えっ、有咲?」

「ごめん、美月。寄る所あるから」


 それだけ告げて走り出す。今は会っちゃいけない。

 メンタルがボロボロで言っちゃいけない事を言う。今日は無理だと思った。

 どこか遠くにと走り出して、人混みを抜けていった。


「有咲さん!」


 後ろから今だけは聞きたくない声が聞こえて、走るのを止めない。


「待って!何で逃げるの!」


 後ろから走ってきていた佐々木さんに腕を掴まれる。

 全力で走ってきたからか息が上がる。運動なんて全くしない私が、男性に身体能力で勝れるわけが無かった。


「…何で追ってきたんですか」

「先に聞いてるの俺なんですけど、何で逃げたんですか?」


 腕を強く掴まれていて、離してもらえそうにない。

 今はこんな風に話したくなんて無かったのに、本当にどうして追いかけてきたのか。貴方から逃げる理由なんて関わりたくないから以外にないでしょう。


「会いたくなかったから以外にありますか?」

「何で?俺何かしました?」

「もう、話したくないんです」

「答えになってないです」


 こういう意味わからない事をする女なんて放っておいて、もう構わないで。貴方が私に時間を使うなんて、無駄でしかないから。私以外の人と恋をして、誰かと幸せになっていてほしい。

 そう思った瞬間に苦しくなって、目から雫が零れた。

 その瞬間に佐々木さんは少し驚いた表情をして、それからポケットからハンカチを取り出して、私の涙を優しく拭ってくれた。


「話したくない、なんて嘘でしょ。何で嘘吐いて泣いたりするんですか。あ、ハンカチはちゃんと洗ってますし、綺麗なんで安心してください」


 汚いとか思っていないのに、少し笑ってそう言ってくる佐々木さんに少し和みそうになる。

 いつも優しく笑いかけてくれて、どんな理不尽な理由で拒んでも優しくしてくれる貴方を好きにならない訳が無い。

 本当は私があと一歩勇気を出すだけで、簡単に恋が始まる事も全部わかっているし、それでも…。
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