始まりは一夜の出会いから
「は?何だよお前。なめてんの?」


 新くんの胸ぐらを掴む先輩に、周りの温度が一気に下がった。それでも新くんの目は凄く冷たくて、こんな新くんを見た事が無い。

 周りの男性社員が止めに入ってくれて収まったけど、新くんは何でもないように掴まれて皺になった箇所を伸ばしている。


「大丈夫?」

「大丈夫ですよ。むしろ有咲さんこそ怖かったですよね。大丈夫?」


 私に微笑みかけてくれるその姿だけはいつも通りで、新くんの方が大事なのに、私の方を気遣ってくれる。

 新くんの問いに頷きだけで返すと「良かった。帰りましょうか」と肩を優しく抱いたまま歩き出す。

 その営業部の男性社員は本気で酔っていたらしく、今も周りに抑え込まれている。取引先に手を出したなんてなればただじゃ済まない。


「あ、新くん。会社に報告しないと、だよね?」

「しませんよ。そんなことになったらうちの会社から、貴社とは取引しませんとか面倒な話になるじゃないですか。長いお付き合いしてきましたし、普通に有咲さんと会える機会奪われるとか無理なんで」


 そんなことを言っているけど、単純にこういうトラブルの対応が面倒なんだと思う。

 胸ぐらを掴まれた時も中々慣れている様子で、お酒の場で何度もこういうトラブルに合ってきたのではないかと思った。

 かといえ、新くんは大事な会社の取引先なので、うちの社員が社長に話してどっちみち連絡行くのではないかと思うけど、新くんなら簡単にもみ消してしまいそうだ。

 連絡来ても謝罪だけ受け入れて、と言う形を取りそうな気がする。


「そんな心配そうな顔しなくてもなるようになりますよ」

「…そう言う楽観的な所好きだけど、やっぱり心配だよ」

「大丈夫。有咲さんが心配する事じゃないです」


 この後日やはり連絡は来たらしいけど、取引には何の問題も無く佐原さんとの打ち合わせは至って順調なのでこのまま取引を続行させてくれの一言で、うちとの関係は未だ続いているらしい。

 本当に時々新くんって何者なのだろうと思ってしまう。
< 92 / 140 >

この作品をシェア

pagetop