転生脇役令嬢は原作にあらがえない
 そんなの、だめ!

「クレイヴ!」

 思った時には、わたくしの足は動いて、叫んでいた。

「! どうされたんです?」

 振り返ったクレイヴは、驚いたような顔でわたくしに近づいてきた。とっさに身体は動いてくれたけれど、彼にかけるうまい言葉なんて思い浮かばず、わたくしはもう一度名前を呼んだ。

「クレイヴ」

 目の前に来たクレイヴと目が合わせられなくて、俯いてしまう。貴族の令嬢が、格上の屋敷でこんな風に叫んだり、黙り込んで俯いたりするのはとても無作法で失礼だわ。でも、どうしていいかわからないの。

 クレイヴは、わたくしの頬を両手で包み込んで、そっと顔を上向かせた。そうして、わたくしの目尻の涙を指で拭ってくれる。

 さまよわせていた視線を彼に合わせると、クレイヴの目が、ゆっくりと細められて笑んだ。その顔をぼんやりと見つめていると、クレイヴが口を開く。

「ポーラ」

 柔らかに、優しい声がわたくしの名前を呼んだ。

 今までずっと、『ポーラお嬢様』か、『お嬢様』としか呼んでこなかったクレイヴが、わたくしの名前を呼び捨てで。

 驚きで思わず息を呑む。頭が真っ白になってただ彼の目を見つめ返していると、クレイヴは困ったように眉を下げた。

「……アーチボルト嬢に言われたのです。いつまでも使用人の気分ではいけないと。だから、婚約者らしく、貴女の名前を呼んでみました。……だめでしたか?」

「……っだめなはずがないわ! ずっと、ずっとそう呼んでもらいたかったのだもの!」

「良かった、ポーラ」

 クレイヴの手に、わたくしの手を添えて言うと、クレイヴは嬉しそうに微笑う。

「まあ!」

 張り上げられた声に驚いて、クレイヴの後ろにロッティ・アーチボルト嬢がまだいたことにやっと気付く。どうしようかしら、わたくし人前でこんな風に泣いたりして……!

「そちらにいらしたってことは、きっとさっきのお話を聞いていたのよね?」

 無邪気なロッティ・アーチボルト嬢の質問に、まさか素直に盗み聞きしていたと答えられなくて、わたくしは言葉に詰まる。

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