転生脇役令嬢は原作にあらがえない
 馬車にいる王太子殿下には聞こえないであろう声でそう応えて、クレイヴが胸に手を当てて会釈すると、王太子殿下たちは嬉しそうに笑って手を振る。そうして、何がなんだかわからないままに、馬車は通り過ぎて行った。王太子殿下を乗せた馬車が見えなくなると、人垣は少しずつ解散していく。みんな、素晴らしい瞬間に立ち会ってしまったと興奮しきりだったけれど、わたくしはそれ以上に気になることで頭がいっぱいで、クレイヴの顔と胸元の花を見た。それは見たことのない品種の花で、独特な形の花びらが特徴的な淡いオレンジのものだった。新種となれば貴重だと思うのに、そんな花を寄越されるような仲だということは……。

「……王太子殿下とお知り合いなの……?」

「ええ。……サプライズで婚約発表をなさるとは聞いていましたが、まさか今日だとは思いませんでした」

 平然と答えるクレイヴに、わたくしは絶句する。代わりにロッテが可愛らしく歓声をあげた。

「まあ、フローリー伯爵様は凄いんですね!」

 凄いどころの話ではないと思うのだけれど……原作のようにロッティ・アーチボルトを中心にして出会いでもしない限り、王太子殿下と元子爵のクレイヴが出会うきっかけなんて、ありえないと思うのに……。

「詳しいお話は、またふたりきりの時に」

 クレイヴが小さい声で、わたくしにだけ聞こえる声で言う。わたくしが理解できない、という表情でクレイヴを見つめていたのがバレていたのだわ!

「それにしても……素敵な婚約発表でしたわ……」

 うっとりと呟いたロッテは、その瞳にさきほどの馬車の上のリタ・ヒギンズ伯爵令嬢の姿を思い浮かべているのかもしれない。クレイヴが王太子殿下と知り合いであることにそれ以上は触れず、先ほどの馬車の装飾やリタ・ヒギンズ伯爵令嬢のドレスの美しさを称えて、ほうっと溜め息を吐いた。

「いつかわたくしも、好きな人とあんな風に花に囲まれて婚約の発表をしてみたいです……」

< 36 / 50 >

この作品をシェア

pagetop