地獄の顔は何度まで?
「何でここにいるんですか?」
都市くんは一瞬だけ視線を泳がせてから、小さくそう言った。
逃げ道を探すみたいに左右を見るけど、もう完全に包囲されている。
「閻魔から『都市王がいなくなった〜』って招集かけられて今これ」
変成くんがにこやかに笑う。
その笑顔が一番怖いかもしれない。
「で、何してた。定時連絡と会議に出なかった理由を詳しく聞かせてもらおうか」
初江王もうっすら怒っているのが分かる。
私達は巻き込まれないように静かにした。
「ここじゃ人多いから、一旦僕の家に来て下さいよ。そこで話します」
という訳で都市王の家に来たのは良いけど......
玄関を開けた瞬間、全員が固まった。
壁一面。
本当に、一面だった。
「凄っ......」
思わず声が漏れる。
ポスター、ブロマイド、雑誌の切り抜き。
等身大パネルまである。
棚にはアルバムがぎっしり並び、机の上には缶バッジとアクスタが整列していた。
そしてテレビ台や机の上には、恐らく推しであろうアイドルのフィギュア。
「なーなー、何で都市くんの部屋にはお人形が沢山置いてあるの?」
宋が気になったらしく、フィギュアを持ち上げたその瞬間、都市くんが目にも止まらぬスピードでフィギュアを奪い取った。
「触んなぁぁぁ!!」
「え、え!?」
「おいコラ宋帝王!何勝手に僕の推しに触ってんだぁぁぁ!!」
胸ぐらをぐっと掴み上げ、怖い顔で詰め寄る都市くん。
「え、あ......ごめん」
「誰がごめんだよ、『すみません』だろうが!!」
「す、すみません......」
「誰が僕に謝れと言った!?」
宋は都市くんの迫力に負け、フィギュアに対して土下座した。
「あーあ、オタクの逆鱗に触れちゃって」
「オタク?」
首を傾げる宋に変成くんが説明する。
「ある特定の分野に対して熱中し、深い知識を持つ人のことだよ。都市王の場合はアイドルやアニメオタクだね」
「なるほど」
「……で?」
低く落ちた声に、空気が一気に締まる。
初江王だった。腕を組み、都市くんを真っ直ぐ見据えている。
「そろそろ本題に入るぞ、都市王」
都市くんはフィギュアを胸に抱いたまま、そっと棚に戻した。
「定時連絡がなかったのは」
「単純に、スマホの電源が切れてました」
「え?」
宋が素で声を漏らす。
「ライブ前に充電がヤバくて。写真も動画も撮るし、途中で切れたら嫌じゃないですか。それにライブ中は電子機器の使用は禁止ですし......だから一回切って、終わったら充電しようと思ってたんです」
「そのまま忘れたと」
初江王が淡々と補足する。
「……はい」
「で、会議に来なかった理由は?」
一瞬だけ、都市くんの視線が泳いだが、すぐに諦めたように口を開く。
「推しの……握手会がありました」
沈黙。
「ライブの後の特典会で、握手会のチケットが当たったんです。楽しかったですよ、推しのいる生活って良い......!」
幸福そのものの笑みを浮かべながら、都市くんが推しのイラストクッションを抱きしめる。
「良かったね......」
「会議開いた意味なかったね」
「何事もなくて良かったけどねー」
「お前らな......」
初江王が頭を抱えた。
「あ、そうだ!都市くんって来週の週末空いてる?」
ローテーブルの上に温泉チケットを置く。
都市くんはその一枚を手に取り、電気にかざしたりしてまじまじと観察する。
「このチケットって......」
「良かったら行こ!」
「あ、無理です」
即答で答えられた。
「そこを何とか!都市くんが行かなかったら閻魔が穴埋めで行くことになるんだよ〜」
宋が半泣きで都市くんの肩をガタガタと揺さぶる。
「良いじゃないですか温泉。閻魔のお金で満喫(まんきつ)したら良いじゃないですか!」
「都市くん、お願い!」
「無理」
「何で!?」
「その日は推しのサイン会があります!」
全員の声が、綺麗に重なった。
「当選確率めちゃくちゃ低いやつで。しかも名前入りですよ? 世界に一つだけのサインですからね?」
早口で言い切ってコップの水を飲み切る。
「とにかく!僕はそういう大切な用事があるんで、温泉には行けません!」
「「「「えぇー」」」」
一斉に不満の声が上がる。
「本人が断固拒否しているんだ。無理に誘う必要もないだろう」
ため息をつきながら初江王がスマホで温泉のホームページに載っているお土産コーナーを見せる。
「土産は何が良い」
「じゃあこの饅頭(まんじゅう)をお願いしますね」
都市くんはスクロールしながら、十二個入の饅頭を指差した。
「分かった」
「冥府にもアイドルがいれば良かったんですけどね」
「いないもんね〜......もしかして、都市くんの自室に飾ってある写真とかって......盗撮!?」
「なわけないじゃないですか。あれは二次元です!」
「違いが分からない」
「どこが分からないんですか」
都市くんが本気で不服そうな顔をする。
「二次元は公式と制作陣の愛と許可のもとに存在してるんですよ?三次元の盗撮なんて不敬にも程があります。あと普通に捕まります」
「不敬……」
「神格化してる……」
宋と変成くんがひそひそ声で感想を漏らす。
「でも、同人誌は愛読してるんだね」
「......ぐっ」
変成くんの容赦ない言葉に、都市くんがむせた。
「好きな子が画面から出てこない切ない恋しているんですよ!」
「アイドルの子は?」
「あの子は推しです!!」
「ちょっとオレ、違いが分かんない」
宋の言葉に変成くんと一緒に頷く。
「はぁ、やれやれ......推しは推しです。冥府の僕の部屋に飾ってあるのは僕の女達です」
「僕の女達......?」
「それに、二次元なら多少何しても許され―――」
ガンッ。
「もう良いよ」
変成くんは変態になり始める都市くんの頭をわし掴み、机に叩きつけた。
い、痛そう......。
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