鏡の中の嘘
5章 閉ざされた永遠  Eternal Closure

Tears and Photographs, Betrayal Remembered

「……あの子たちは、わたしを裏切ったのよ」

夜凪の声が、静かに響いた。

「わたしがいないときに、笑ってた。わたしの話を“気持ち悪い”って言ってた。怖いって、避けてた。
――わたしは、ただ、好きなことを話してただけなのに」

彼女の背後に、かつての“ともだち”たちの幻が現れる。

制服姿のまま、笑い合い、囁き合う少女たち。

「夜凪って、ちょっと変わってるよね」

「うん、話が怖いし、なんか空気読めないっていうか…」

「でも、本人には言えないよね。怒らせたら何されるか…」

その声は、夜凪の記憶の中にこびりついたまま、何度も何度も繰り返されていた。

「……わたしは、ずっとひとりだった。気づかないふりをして、笑って、でも心の中では、ずっと泣いてた」

夜凪の目に、涙がにじむ。

「それでも、信じたかった。友達だって、思いたかった。でも、違った。わたしは、ただの“変な子”だったのよ」

幻の“ともだち”たちは、笑いながら遠ざかっていく。

夜凪はその背中を見つめながら、唇をかみしめた。

「だから、わたしは閉じ込めたの。あの時間を、あの子たちを、わたしの世界に。わたしだけの“ともだち”にしたのよ。もう、裏切られないように」

沈黙が落ちた。

美代が、そっと前に出る。

「夜凪……あなたは、まだその子たちを、憎みきれていないのではありませんか?」

「……は?」

「本当に憎んでいたのなら、記憶ごと消してしまえばよかった。でも、あなたはそうしなかった。写真を残し、校訓を大切にし、ネックレスを鍵にした。――それは、あなたが、あの子たちとの時間を、心のどこかで“宝物”だと思っていたからではありませんか?」

夜凪の目が揺れる。

「違う……そんなの、ただの執着よ。わたしは、あの子たちを許してなんかいない」

「でも、あなたは今、泣いている」沙耶が言った。

「本当に憎んでるなら、そんな顔しないよ。わたしも、似たようなことあった。仲良くしてた子が、裏で“うざい”って言ってたの、知ってる。でも、それでも、わたしはその子のこと、嫌いになれなかった」

「わたしもですわ」美代が続ける。

「信じていた方に、拒絶されたとき、心が張り裂けそうでした。

でも、だからこそ、誰かを信じることの重みを知りました」

夜凪は、目を見開いた。

「……やめて……やめてよ……そんなふうに、優しくしないで……!」

「夜凪……」

「わたしは、もう誰も信じないって決めたのに……!」

夜凪の声が震える。

「なのに……なんで……そんなふうに言うの……!」

「だって、あなたが本当は、誰かにわかってほしいって思ってるの、伝わってくるから」

美奈のその言葉に、夜凪の膝が崩れた。

「……やめて……苦しい……」

涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。

「わたしなんか……誰にも必要とされてないのに……!」

「そんなこと、ないよ」

美奈がそっと手を伸ばす。

「わたしは、あなたに会えてよかったって思ってる。あなたのこと、もっと知りたいって思ってるよ」

夜凪の肩が、びくりと震えた。

その瞳に、ほんの一瞬、光が差したように見えた。

でも――

「……やめて……やっぱり、信じられない……!」

夜凪は、突然、美奈が握っていたネックレスに手を伸ばした。

「えっ――!?」

銀色のネックレス。

月の形をした鍵。

それを、夜凪は力強く引きちぎった。

「夜凪ちゃん、待って――!」

その瞬間、夜凪が叫んだ。

「そもそも、勝手に漁ったのよね!?わたしの引き出しにあったものを!!」

美奈は言葉を失った。

「これは、わたしのもの。わたしの世界を守るための鍵なの!」

夜凪の瞳には、怒りと悲しみが混ざっていた。

「あなたたちが踏み込んだのよ。わたしの心に、勝手に!」

涙を流しながら、夜凪は霧の奥へと駆け出した。

「夜凪!!」

美奈の叫びが響く。

でも、夜凪は振り返らなかった。

その背中は、傷ついた心を抱えながら、霧の中に消えていった。

残された3人は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

夜凪は、顔を覆ったまま、声を上げて泣いた。

そして、立ち上がると、霧の奥へと走り去った。

「夜凪!」

美奈の呼びかけに、返事はなかった。

ただ、霧の中に、夜凪の涙と嗚咽が、静かに消えていった。

夜凪が霧の中へと消えた直後――

鏡の扉が、低くうなるような音を立てて、ゆっくりと閉じ始めた。

「えっ……扉が……!」

沙耶が駆け寄るも、扉は完全に閉ざされ、鍵穴の光も消えていた。

「鍵が……なくなったから……」美代が静かに言った。

「夜凪ちゃんが持って行っちゃったから……もう、開けられない……」美奈が膝をついた。

沈黙が落ちた。

その中で、美代が、そっと懐から一冊の手帳を取り出した。

それは、千代が残したもの―― 古びた布の表紙に、淡い花の模様が刺繍されている。

美代は、静かにページをめくった。

日々の記録。夜凪への想い。小さな言葉の積み重ね。

そして――

最後のページ。

そこには、震えるような筆跡で、こう書かれていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もし、夜凪さまが鍵を持って扉を閉ざしたなら――

そのときは、どうか、こう伝えてください

“心を映す鏡は、ひとりでは輝かない”

この言葉は、夜凪さまの心に届くように、わたしが願いを込めて書きました

夜凪さまが、誰かを信じる勇気を持てますように
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

美代は、そっと指先でその言葉をなぞった。

「……千代……」

沙耶が、美代の肩越しにページを見て、息をのんだ。

「これ……夜凪への、言葉だよね」

美奈が、涙を拭いながら立ち上がった。

「千代さん……夜凪のこと、ずっと守ろうとしてたんだ……」

美代は、手帳を胸に抱きしめた。

「ええ。この言葉は、夜凪さまの心の扉を開く鍵ですわ」
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