【完結】前世を思い出した瞬間、超絶好みの騎士様から求婚されましたが、とりあえず頷いてもいいかしら?
クラリスは、生まれと立場だけなら伯爵令嬢だ。
『クラリス。いいこと? おまえはいずれ、家のために嫁ぐ義務があるの。義務よ、義務。わかっているわね?』
それは子供のころから何度も継母から言われていたことだ。
礼儀作法だけは実の母が生きていたころのように叩き込まれているのは、その将来のためだと、常に口うるさく言われてきた。本当はクラリスになんてお金をかけたくないのにと、実際言われたことだって何度もある。
ならばいっそのこと縁を切って、ただの平民にしてくれたらいいのにと、何度そう思ったか分からない。
けれど死んだ母はクラリスに、「エーテ家の娘である誇りを忘れてはいけない」と言っていた。もしクラリスがこの家から逃げてしまったら、大好きだった母のことも思い出してはいけない気持ちになってしまうだろう。
だから唯々諾々とすべてを受け入れてきた。
何でもないふりをしていた。
でも前世を思い出したことで、はじめてクラリスの心を縛っていた何かが緩んだような気がした。
初めに感じた寂しさが徐々に薄れたきっかけは、きっとバルトだ。
推しのパワーってすごいのだと、自分に言い聞かせて笑っていた。
始めはそれが真実だったはず。
いつからだろう。
息もできないくらい、胸がぎゅーっと痛くなるのは気のせいだ。
会いたくて会いたくて、ずっと側にいたくてたまらないなんて。
彼に微笑みを向けられただけで涙が出そうになるなんて。
そんなこと絶対、あってはいけないことでしょう。
(好きだけど好きじゃない。彼に恋なんてしてない。大丈夫、好きになんてなってない。――まだ好きじゃない……)
本気で好きになってしまったら辛くなるだけだと知っている。
ただの騎士であるバルトを困らせることなんて、絶対してはいけないって分かってる。
身分が違う。立場が違う。
(だから恋に恋するだけ。その夢は十分叶えてもらった)
わかっているのに、日に日に想いが募っていく。
バルトに笑ってほしい。いつだって喜ばせたい。
そんな気持ちを覆い隠し、クラリスは大きな仕事で長く街を離れるというバルトを見送った。ちょっと雑談をした程度の軽さだったから、いつもより長く会えないのはさみしいなと思っただけだった。
(疲れて帰ってくるだろうし、次会うときは、彼が好きな焼き菓子を作るとかどうかしら)
長くても数年だけの夢だと分かっていても、もう少し時間はあると思っていた。
こんな風に突然終りが来るなんて、思ってもみなかったのだ。