【完結】前世を思い出した瞬間、超絶好みの騎士様から求婚されましたが、とりあえず頷いてもいいかしら?
「クラリスが伯爵令嬢?」
バルトの問いに、部下のガスパーが神妙な顔でこくりと頷いた。
ガスパーはバルトが率いる騎士団員の一人だ。二十三歳の青年で、実は数年前に偶然出会ったクラリスの乳姉妹であるマルゴに、ずっと片想いをしていたらしい。
なかなか相手にしてもらえなかったそうだが、バルトがクラリスと親しくなったことをきっかけに、はじめ門の前であっても二人きりになることをよしとしなかったマルゴの希望で、ガスパーも付き添いとして毎日エーテ伯爵邸の裏門へ通っていた。
そんな彼が所用でエーテ伯のもとに行った際、シンプルなドレスを着たクラリスと、メイド服のマルゴを偶然目にしたという。
「俺もはっきり聞いたわけではないんです。でも……」
ガスパーが偶然目にしたのは、マルゴがドレスを着たクラリスに「お嬢様」と呼びかける光景。ふざけているようには微塵も見えず、日常のように見えた。
驚きを隠して近くにいた老庭師を問い詰めてみれば、クラリスはエーテ伯の子であり、マルゴは彼女の乳姉妹だと教えてくれたそうだ。
「エーテ伯のところは、一人娘だったよな」
伯爵の娘の話は時々聞くが、クラリスという名でなかったのは確かだし、たぶん年も違う。
「いえ。もう一人、先日社交界デビューした妹がいます。クラリス嬢は長女……第一子だそうです。病弱で、幼少期から人前に顔を出さない令嬢と言われているそうですが」
「そう、か」
クラリスが伯爵の娘で、しかも第一子。
その事実にバルトの目の前が暗くなる。
どんな理由があって、クラリスが庶民の真似事をしていたのかはわからない。しかしこのままごとのような恋は、お嬢様の気まぐれなお遊びだったと考えるべきだろう。
まだバルトが若ければ、ここは恨んだり怒ったりするところかもしれない。
クラリスにとってただの対魔獣騎士であるバルトは、本気になるような男ではない。同様に、今のバルトにとっても彼女は、求めていい立場の女ではない。
その事実だけが目の前に大きく立ちはだかり、バルトは大きく息を吐いた。
(ここで手を引くべきだ……)
ガスパーも、自分が目にしたものを打ち明けることに悩んだだろう。
しかし、本気でバルトが求婚する前に知らせなくてはと、勇気を出してくれたのだ。
ガスパーに教えてくれたことに感謝すると、彼は痛ましそうな顔で、「いえ」と首を振った。
「団長、すみません」
「おまえが謝ることじゃないだろ? 嫁探しが振出しに戻ったのは残念だが、俺もそれなりに楽しい思いをしたしな」
なんでもないことのように、ニッと笑って見せる。
(女と別れることなんて、珍しいことじゃないじゃないか)
それでも、自分でも照れてしまうくらい初々しい恋をした。
温かで幸せな未来を夢見てしまうほど、子供みたいに純粋に。
(ガラにもなく、優しい夢を見ただけだ)
ちょうどやっかいな仕事が入り、しばらく街から離れることになったのをいい機会ととらえ、バルトはクラリスの前から消えることに決めた。
彼女の顔を見たら決意が揺らぐ気がして、いつものように出かけてくると挨拶をして別れた。我ながら女々しいとは思う。