前世を思い出した瞬間、超絶好みの騎士様から求婚されましたが、とりあえず頷いてもいいかしら?
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バルトは根気よくクラリスの返事を待っている。
罰ゲームに付き合わせて悪いなといった顔には、クラリスを小娘と侮る色はない。かといって他の男にありがちな、ずっと年下の女の子に色目を使う素振りもない。
「断っていいよ、巻き込んでごめんね」
クラリスとマルゴにしか聞こえない程度の声で謝られ、クラリスは完全に落ちた。
「クラリスです」
そう返事したクラリスの顔とバルトを見比べたマルゴが、小さく「ああ」と呟く。生まれたときからの付き合いだ。彼がクラリスの好みだと気づいたらしい。人を見る目が確かな彼女が素早く彼とその仲間を観察し、静かに一歩下がる。
これからの対応をクラリスに任せてくれたようだ。
一方バルトはクラリスが名前を教えるとは思わなかったのだろう。驚いた顔をした後、クラリスが差し出した手の甲に口づける真似をした。そんな唇を付けない配慮も好ましい。
「クラリス。美しい名前だ。どうか俺と結婚してくれないだろうか」
これは完全な罰ゲームだ。
クラリスが頷くとは誰も思っていない。
でもクラリスの中の莉子が、(この人捕まえなきゃ、絶対後悔するってば!)と騒いでいる。こんなに好みの男は、今後絶対に会えないと。
でも素性も分からない。
相手が本気というわけでもない。
明日以降も会えるわけではない。
(もう会えないかもしれない)
そう思うだけで胸が痛むのはなぜだろう。
母の死後、父が継母と異母妹を連れてきた十年前から、小間使い同然に使われてきた。その間、ただひたすらに培った観察力を発揮する。
新たな目で見てみれば、無精髭のせいでバルトは一見粗野に見えるけど、知性と品性を感じさせることに気づく。もしかしなくても彼は、そこそこいい家の出だ。
マルゴが下がったのも、たぶんそれが理由だろう。
貴族ならとうに結婚している年だから、彼くらいの年なら兄弟の下の方といった感じか。
一方クラリスは長子にもかかわらず、家に残る選択肢は皆無だ。婿を取るのは妹の方。そのくせ、結婚相手を選ぶ自由などない。
でも少しくらい夢を見るのはいけないことだろうか?
彼となら、夢を見てみたいと思ってしまう。
(ねえ、ここはとりあえず頷いてもいいかしら――?)
揺れ動く心の動きを止めるよう、また一つ夜空に大きな花が咲いた。
クラリスは唇に笑みを乗せる。そして莉子の言葉を借り、この世界にはないような答えを出した。
「まだあなたのことを何も知らないわ、バルトさん。とりあえずお友達からお願いします」
求婚への返事とは思えない答えにヤジが一瞬止み、ついで爆笑に変わる。
バルトの戸惑った顔も仲間の笑いによって笑顔に変わった。
「ああ。宜しく、クラリス」
それは、明日の朝には終わるかもしれないと思った夢の始まりだった。


