前世を思い出した瞬間、超絶好みの騎士様から求婚されましたが、とりあえず頷いてもいいかしら?

7


 バルトは根気よくクラリスの返事を待っている。
 罰ゲームに付き合わせて悪いなといった顔には、クラリスを小娘と侮る色はない。かといって他の男にありがちな、ずっと年下の女の子に色目を使う素振りもない。

「断っていいよ、巻き込んでごめんね」

 クラリスとマルゴにしか聞こえない程度の声で謝られ、クラリスは完全に落ちた。

「クラリスです」

 そう返事したクラリスの顔とバルトを見比べたマルゴが、小さく「ああ」と呟く。生まれたときからの付き合いだ。彼がクラリスの好みだと気づいたらしい。人を見る目が確かな彼女が素早く彼とその仲間を観察し、静かに一歩下がる。
 これからの対応をクラリスに任せてくれたようだ。

 一方バルトはクラリスが名前を教えるとは思わなかったのだろう。驚いた顔をした後、クラリスが差し出した手の甲に口づける真似をした。そんな唇を付けない配慮も好ましい。

「クラリス。美しい名前だ。どうか俺と結婚してくれないだろうか」

 これは完全な罰ゲームだ。
 クラリスが頷くとは誰も思っていない。

 でもクラリスの中の莉子が、(この人捕まえなきゃ、絶対後悔するってば!)と騒いでいる。こんなに好みの男は、今後絶対に会えないと。

 でも素性も分からない。
 相手が本気というわけでもない。
 明日以降も会えるわけではない。

(もう会えないかもしれない)

 そう思うだけで胸が痛むのはなぜだろう。
 母の死後、父が継母と異母妹(・・・)を連れてきた十年前から、小間使い同然に使われてきた。その間、ただひたすらに培った観察力を発揮する。

 新たな目で見てみれば、無精髭のせいでバルトは一見粗野に見えるけど、知性と品性を感じさせることに気づく。もしかしなくても彼は、そこそこいい家の出だ。
 マルゴが下がったのも、たぶんそれが理由だろう。
 貴族ならとうに結婚している年だから、彼くらいの年なら兄弟の下の方といった感じか。

 一方クラリスは長子にもかかわらず、家に残る選択肢は皆無だ。婿を取るのは妹の方。そのくせ、結婚相手を選ぶ自由などない。
 でも少しくらい夢を見るのはいけないことだろうか?
 彼となら、夢を見てみたいと思ってしまう。

(ねえ、ここはとりあえず頷いてもいいかしら――?)

 揺れ動く心の動きを止めるよう、また一つ夜空に大きな花が咲いた。

 クラリスは唇に笑みを乗せる。そして莉子の言葉を借り、この世界にはないような答えを出した。

「まだあなたのことを何も知らないわ、バルトさん。とりあえずお友達からお願いします」

 求婚への返事とは思えない答えにヤジが一瞬止み、ついで爆笑に変わる。

 バルトの戸惑った顔も仲間の笑いによって笑顔に変わった。

「ああ。宜しく、クラリス」



 それは、明日の朝には終わるかもしれないと思った夢の始まりだった。
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