女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します
第9話 危機を乗り越えて
あれからしばらくして、ようやく事態は落ち着いた。私達について住民が憲兵に報告してくれたらしく、彼らを引き連れたルネがすぐに来てくれたのだ。シヴァは頭から流血していたが、命に別状はないらしい。今回のことは酔った男によるちょっとした騒ぎ程度で認識され、前夜祭はつつがなく終わった。
屋敷に着いた私が、心配していたお父様と乳母に抱きしめられつつ激しく叱られたのは言うまでもないだろう。
「いいかい? 絶対に、私やバルバラがいない状態で外出してはいけないよ。何が起こるか分からないんだから」
そう言って聞かせるお父様の言葉に私は頷くしかない。今度からは勝手に出かけないことを約束させられたが、その代わりに乳母かお父様と一緒の外出は許されることになった。
その晩はシヴァがとにかく心配で、普段は使用人部屋で寝るはずの彼を私の部屋で寝かせるようお願いした。さすがに怪我人を助けたいという気持ちを無下にはできず、お父様はそれを許してくれた。彼には私のベッドで寝てもらい、私は急遽運び込んだ簡易ベッドに寝るよう言われた。部屋を出たお父様達は残りの処理に追われるらしい。
軽い気持ちで行ったことが、こんな大騒ぎになるなんて思わなかった。申し訳ない気持ちになるも、幼い自分には何もできない。
眠っているシヴァの横で俯いたまま椅子に座っていると、自分の手首が視界に入った。あの男に掴まれた手首にはまだ赤い跡が残っていて、見るたびにあの顔がフラッシュバックして恐ろしくなる。でも、その度に私を助けてくれたシヴァの必死な顔が浮かんだ。
『リリー!』
咄嗟とは言え、名前を呼んでくれた。恐怖もあったが、その嬉しさの方が僅かに上回っている。
「シヴァ……」
お医者様は大丈夫だと言っていたが、ちゃんと目覚めるだろうか。
不安になって、彼の手を取る。あの時のように握り返してはくれない。分かっていても寂しくて、涙が零れてしまう。
「ごめんなさい、シヴァ」
彼の手は確かに血が通っていて温かかった。庇ってくれた時、抱きしめられた時、確かにその胸の心臓が脈打っていたのを感じた。
ゲームじゃない。
フィクションなんかじゃない。
彼はここで生きている一人の人間だ。そこでようやく、私は気付いた。推しとして、一人のキャラクターとしてじゃない。
血の通った一人の人間として、私はシヴァが好きなんだ。
***
「おい、朝だぞ」
次の日の朝、私はシヴァに揺すり起こされて目を覚ました。結局、私は椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。
「シヴァ?」
ちゃんと目が覚めたことに安堵して、慌てて顔を上げるとすぐ近くにいた彼と目が合った。頭に包帯を巻いてはいるが、痛みも無いようで平気そうな顔をしている。
「よかった!」
安心した私は彼を抱きしめようとして、自分が彼の手を握ったままだったことに気付いた。思わず顔を真っ赤にして手を離した私を、優しくシヴァは抱きしめる。
「無事でよかった」
そう言われてようやく落ち着き、私もシヴァを抱きしめ返した。
「うん。 シヴァがぶじでよかった」
それからシヴァが目覚めたことを侍女に伝えると、お父様達が慌てて私たちの部屋に駆け込んできた。もちろんシヴァも昨晩の私と同じように皆から叱られている。でも、最後にお父様は私たちが無事だったことに安堵し抱きしめてくれた。
「二人共、ちゃんと帰って来られて良かったよ。もう無茶はするんじゃないぞ」
小言を言うことも忘れない。反論できず黙っていると、人差し指でお父様はシヴァの額を突いた。
「特に、シヴァ。ああいう時はまず大人や憲兵に声をかけておくべきだ。お前もまだ子供なんだから、一人で動かず大人を頼りなさい」
「……はい、すみません」
反論出来ず、しゅんと落ち込んでしまう。基本は無表情なはずなのに、随分感情表現が豊かになったものだ。彼の変化が嬉しくて、ベッドに頬杖を付ながらその光景を眺めていると、部屋の扉が大きく開いた。
「シルヴィオ!」
入ってきたのは、険しい顔をしたルネだ。足音を立ててこちらへ歩いてくると、周りが制止する間もなく、彼女はシヴァの頬を叩いた。
「申し訳ありません!」
その勢いのまま、彼の頭を掴んで無理に下げさせる。彼女も隣で深々と頭を下げた。
「私の監督が行き届かず、お嬢様を危険に晒しました。どうお詫びすれば良いか……」
「まあ、落ち着いて」
言葉に詰まる彼女を、お父様は宥める。それでも彼女は頭を上げることはない。シヴァの表情を伺うと、叩かれた頬を赤く腫らせて呆然としていた。そのままルネは謝罪を続けている。
これは良くないことだと、すぐに察した。ゲーム内でのシヴァは、使用人として厳しく育てられていた。モンリーズの屋敷では、皆彼に冷たいらしい。
『しょうがないんですよ。私がお嬢様を危険に晒したから、きっと見捨てられたんです』
ヒロインとの会話で、少し寂しそうにしながら話すシヴァの立ち絵が思い浮かぶ。これはきっとシナリオ通りの流れなのだ。
この事件をきっかけに、シヴァは屋敷内で孤立し、リリアンナに苛められ心を閉ざしてしまう。そして、自暴自棄になりリリアンナの動向をヒロインに横流しするのだ。
止めなくてはいけない。自分の身の破滅だけじゃなく、彼が孤立した生活を送らないためにも。
「ルネ、はなしてあげて」
私の言葉に、微かに頭を上げた彼女が私に視線を向ける。
「シヴァ、あたまをけがしてるの。だいじにしなきゃ」
「そうだぞ、ルネ。子供を叱るのも大事だが、まずは保護しなければ」
お父様の言葉に、彼女はようやく冷静になれたのかおずおずと手を引っ込める。解放されたシヴァを安心させるように、私は彼の手を握った。呆然としていた彼もようやく頭が回ってきたのか、私の手を握り返してルネへと顔を向ける。
「申し訳ありません、執事長。こんなことは、もう二度と起こさないと誓います」
深く頭を下げたシヴァに、彼女は先程叩いた手を握り狼狽えてしまう。明らかに困惑しているのが見てとれた。
ルネは、辺境の男爵家から身一つでここまで成り上がってきた女性だ。ただでさえ貴族内では低い地位の彼女が、公爵家の執事長を勤めるなど並大抵の努力ではないだろう。特にこの世界の貴族の女性は、外で働き自分で稼ぐことなどない。大抵は早々に結婚し、家庭に入り夫の庇護の下生活を送る。そこから抜け出して生活するためには、失敗など許されない。
ここまでの情報は、全てリリアンナの記憶が教えてくれた。今回の出来事は、必死に生きてきた彼女の初めての失敗なのだ。
シヴァは彼女の親類ということになっている。彼の保護者はルネだ。
「ねえ、ルネ」
「……は、い。お嬢様」
勝ち気で真面目な彼女に配慮して、精一杯優しい声を出す。
「シヴァのこと、ほんとのかぞくだとおもってるのね」
私の言葉に、皆が目を丸くした。
屋敷に着いた私が、心配していたお父様と乳母に抱きしめられつつ激しく叱られたのは言うまでもないだろう。
「いいかい? 絶対に、私やバルバラがいない状態で外出してはいけないよ。何が起こるか分からないんだから」
そう言って聞かせるお父様の言葉に私は頷くしかない。今度からは勝手に出かけないことを約束させられたが、その代わりに乳母かお父様と一緒の外出は許されることになった。
その晩はシヴァがとにかく心配で、普段は使用人部屋で寝るはずの彼を私の部屋で寝かせるようお願いした。さすがに怪我人を助けたいという気持ちを無下にはできず、お父様はそれを許してくれた。彼には私のベッドで寝てもらい、私は急遽運び込んだ簡易ベッドに寝るよう言われた。部屋を出たお父様達は残りの処理に追われるらしい。
軽い気持ちで行ったことが、こんな大騒ぎになるなんて思わなかった。申し訳ない気持ちになるも、幼い自分には何もできない。
眠っているシヴァの横で俯いたまま椅子に座っていると、自分の手首が視界に入った。あの男に掴まれた手首にはまだ赤い跡が残っていて、見るたびにあの顔がフラッシュバックして恐ろしくなる。でも、その度に私を助けてくれたシヴァの必死な顔が浮かんだ。
『リリー!』
咄嗟とは言え、名前を呼んでくれた。恐怖もあったが、その嬉しさの方が僅かに上回っている。
「シヴァ……」
お医者様は大丈夫だと言っていたが、ちゃんと目覚めるだろうか。
不安になって、彼の手を取る。あの時のように握り返してはくれない。分かっていても寂しくて、涙が零れてしまう。
「ごめんなさい、シヴァ」
彼の手は確かに血が通っていて温かかった。庇ってくれた時、抱きしめられた時、確かにその胸の心臓が脈打っていたのを感じた。
ゲームじゃない。
フィクションなんかじゃない。
彼はここで生きている一人の人間だ。そこでようやく、私は気付いた。推しとして、一人のキャラクターとしてじゃない。
血の通った一人の人間として、私はシヴァが好きなんだ。
***
「おい、朝だぞ」
次の日の朝、私はシヴァに揺すり起こされて目を覚ました。結局、私は椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。
「シヴァ?」
ちゃんと目が覚めたことに安堵して、慌てて顔を上げるとすぐ近くにいた彼と目が合った。頭に包帯を巻いてはいるが、痛みも無いようで平気そうな顔をしている。
「よかった!」
安心した私は彼を抱きしめようとして、自分が彼の手を握ったままだったことに気付いた。思わず顔を真っ赤にして手を離した私を、優しくシヴァは抱きしめる。
「無事でよかった」
そう言われてようやく落ち着き、私もシヴァを抱きしめ返した。
「うん。 シヴァがぶじでよかった」
それからシヴァが目覚めたことを侍女に伝えると、お父様達が慌てて私たちの部屋に駆け込んできた。もちろんシヴァも昨晩の私と同じように皆から叱られている。でも、最後にお父様は私たちが無事だったことに安堵し抱きしめてくれた。
「二人共、ちゃんと帰って来られて良かったよ。もう無茶はするんじゃないぞ」
小言を言うことも忘れない。反論できず黙っていると、人差し指でお父様はシヴァの額を突いた。
「特に、シヴァ。ああいう時はまず大人や憲兵に声をかけておくべきだ。お前もまだ子供なんだから、一人で動かず大人を頼りなさい」
「……はい、すみません」
反論出来ず、しゅんと落ち込んでしまう。基本は無表情なはずなのに、随分感情表現が豊かになったものだ。彼の変化が嬉しくて、ベッドに頬杖を付ながらその光景を眺めていると、部屋の扉が大きく開いた。
「シルヴィオ!」
入ってきたのは、険しい顔をしたルネだ。足音を立ててこちらへ歩いてくると、周りが制止する間もなく、彼女はシヴァの頬を叩いた。
「申し訳ありません!」
その勢いのまま、彼の頭を掴んで無理に下げさせる。彼女も隣で深々と頭を下げた。
「私の監督が行き届かず、お嬢様を危険に晒しました。どうお詫びすれば良いか……」
「まあ、落ち着いて」
言葉に詰まる彼女を、お父様は宥める。それでも彼女は頭を上げることはない。シヴァの表情を伺うと、叩かれた頬を赤く腫らせて呆然としていた。そのままルネは謝罪を続けている。
これは良くないことだと、すぐに察した。ゲーム内でのシヴァは、使用人として厳しく育てられていた。モンリーズの屋敷では、皆彼に冷たいらしい。
『しょうがないんですよ。私がお嬢様を危険に晒したから、きっと見捨てられたんです』
ヒロインとの会話で、少し寂しそうにしながら話すシヴァの立ち絵が思い浮かぶ。これはきっとシナリオ通りの流れなのだ。
この事件をきっかけに、シヴァは屋敷内で孤立し、リリアンナに苛められ心を閉ざしてしまう。そして、自暴自棄になりリリアンナの動向をヒロインに横流しするのだ。
止めなくてはいけない。自分の身の破滅だけじゃなく、彼が孤立した生活を送らないためにも。
「ルネ、はなしてあげて」
私の言葉に、微かに頭を上げた彼女が私に視線を向ける。
「シヴァ、あたまをけがしてるの。だいじにしなきゃ」
「そうだぞ、ルネ。子供を叱るのも大事だが、まずは保護しなければ」
お父様の言葉に、彼女はようやく冷静になれたのかおずおずと手を引っ込める。解放されたシヴァを安心させるように、私は彼の手を握った。呆然としていた彼もようやく頭が回ってきたのか、私の手を握り返してルネへと顔を向ける。
「申し訳ありません、執事長。こんなことは、もう二度と起こさないと誓います」
深く頭を下げたシヴァに、彼女は先程叩いた手を握り狼狽えてしまう。明らかに困惑しているのが見てとれた。
ルネは、辺境の男爵家から身一つでここまで成り上がってきた女性だ。ただでさえ貴族内では低い地位の彼女が、公爵家の執事長を勤めるなど並大抵の努力ではないだろう。特にこの世界の貴族の女性は、外で働き自分で稼ぐことなどない。大抵は早々に結婚し、家庭に入り夫の庇護の下生活を送る。そこから抜け出して生活するためには、失敗など許されない。
ここまでの情報は、全てリリアンナの記憶が教えてくれた。今回の出来事は、必死に生きてきた彼女の初めての失敗なのだ。
シヴァは彼女の親類ということになっている。彼の保護者はルネだ。
「ねえ、ルネ」
「……は、い。お嬢様」
勝ち気で真面目な彼女に配慮して、精一杯優しい声を出す。
「シヴァのこと、ほんとのかぞくだとおもってるのね」
私の言葉に、皆が目を丸くした。