女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第百十一話 裁判のその後

 陛下の覇気にアルベリヒは気絶してしまったようだ。騎士に担がれるようにして回収されていく。

 アルベリヒへの判決は終身刑だった。財産や爵位の差し押さえはディトリヒと同様だ。しかし、私の誘拐は未遂に終わったため、少しだけ罪が軽くされた。
 裁判の終結が告げられ、私はほっと息を吐くとシヴァの所へと急いだ。

 「シヴァ! 大丈夫?」

 ソファで横になっていた彼は体を起こしていた。周囲の人間も、事件の被害者として心配そうに彼を見守ってくれている。起き上がれることに安堵した私が近づくと、勢いよくシヴァに抱きしめられた。

「え? し、し、シヴァ? あの、今は人目が……」

 腰に回された手が小さく震えている。俯いて表情は見えないが、彼も安堵していることに気付いた。周囲を見ても、私達を咎めるような視線はない。
 事件の被害者だったソプレス王国の元住人のメイドと、そんな彼女を気遣う優しい公爵令嬢。それが周囲の評価なのだろう。確かに、冷静になれば一見女同士。こんな時くらい抱き合ったって、不自然ではないはずだ。
 私は恐る恐る彼の頭を撫でた。ピクリと反応するが、それでも構わず手を動かし続ける。

「ちゃんと犯人が裁かれてよかったね。シヴァ」

 私の声にシヴァは顔を上げた。黒い前髪から空色の瞳が覗いている。白い肌に均整の取れた顔立ちが良く映えていた。目を薄っすら細めると、シヴァは今まで見たことがない表情で笑ってくれた。

「ああ、リリーのおかげだ」

 その一瞬だけで顔に熱が集まっていくのが分かる。目を見開く私に、構わずシヴァは言葉を続けた。

「ありがとう」

 その言葉だけで十分だ。元々は婚約解消して自由になると言う、私の我儘から始まった話だった。それが様々な人を巻き込み、今こうしてシヴァを救っている。なんとも不思議な縁だ。

「ワシからも礼を言わせてくれ。モンリーズ令嬢」

 急に背後から声が掛かり振り返る。法廷の中を突っ切ってきたヴォルフガングが、柵の向こうで笑って立っていた。

「お陰様で悪人を裁けた。祖国の名誉もこれで戻るはずだ。本当にありがとう」

「そ、そんなお礼を言われるようなことは……!」

 二人から感謝されて戸惑ってしまう。シヴァは私の腰から手を離しても、私の手は握って離さない。ヴォルフガングが生暖かい目で見てくるが、今は気にならないようだ。

「ゴホン」

 急な咳払いに慌てて姿勢を正す。振り返ると、傍聴席から降りてきたお父様の姿があった。気まずそうにこちらを見ている。

「……そろそろ離れたらどうなんだ?」

 お父様の言葉にはっと気づき、私達は手を離し距離を取った。気付けば周囲の人はいなくなっている。

「あ、あの……お父様」

「お説教は家でしようか。まあ、なにはともあれ」

 お父様の手が私達の頭を撫でる。それは、私がこの世界に来たあの日。シヴァとはじめて会ったあの時の光景とよく似ていた。そのままお父様は私達に腕を回し、ぎゅっと強く抱きしめてくれる。

「お疲れ様、二人共」

「はい!」

 ちらりと横を見ると、あの日とは違い柔らかな表情をしたシヴァが、私の方を見て微笑んでくれた。





 ***





【アルベリヒ・グラウベルとディトリヒ・ベルナルドの凶行。ソプレス王国の悲劇!】

 でかでかと新聞の見出しに今回の裁判の件が載せられていた。身分もあり傍聴まではできなかったヤコブは、朝食のコーヒーを片手に記事を眺める。
 ここは王都にあるタウンハウスだ。少し離れた場所の男爵子息でしかない彼に、屋敷一つを借りたり管理したりする余裕はない。学園に通う期間は、ここで過ごすので十分だ。使用人は一人いれば十分。基本の身の回りのことは全て自分で行っている。貴族とは名ばかりの、ただの一人暮らしだ。

「リリアンナ嬢は上手くやったようですね。これで功績が立てられ、ソプレス王国は復興し反乱の未来は無くなる……ゲームのシナリオは変えられた、と」

 コーヒーカップを机に置き、改めて記事の詳細を見ていく。その中に、ヤコブが探している名はない。

「もう反乱の意味はないはずですが……少し心配ですね」

 ヤコブは俯き考え込む。

「だって、あの反乱の首謀者は……」



 その頃、王城の地下牢にアルベリヒとディトリヒの二人は繋がれていた。薄暗い中、その内家族もここに連れて来られるに違いない。これから待ち受ける恐怖と絶望を、二人はしっかりと味わっていた。

「な、なんで私がこんな目に……そもそも、私は最初から反対だったんだ……」

 震えながらそう呟いたのはアルベリヒの方だ。魔法を封じる枷をはめられ、逃げることすらできない。

「良い話があると言っていたのは、お前の方だったじゃないか! 何被害者ぶってやがる!」

 柵を挟んで反対側にいるのはディトリヒだ。責めるようなアルベリヒの言葉にディトリヒは激昂する。腕を振り上げるたびに、枷に繋がれた鎖がガシャガシャと大きな音を立てた。その音にアルベリヒは怯んでしまう。

「甘言に騙された俺が馬鹿だった。これじゃもうお終いだ! 欲しかった身分も金も何もかもな!」

 ディトリヒは頭を抱える。緑色の髪をぐしゃぐしゃと振り乱し、アルベリヒを責め続けた。



「おやおや、口論ですかぁ? 見苦しい」



 急に聞こえてきた粘着質な声に、アルベリヒとディトリヒの二人は思わず顔を上げた。地下牢の薄ぼんやりとした灯の中、先程までいなかった人影が、二人の牢の前の通路に佇んでいる。
 ローブを目深に被ったその男は顔のほとんどが影に隠れていたが、薄い金髪が灯を反射しているのは覗ける。にやにやと嫌な笑みを浮かべた口元が、二人にも良く見えた。

「お、お前……一体誰だ?」

「さあ? 誰でしょうねぇ?」

 男はくすくすと笑う。

「まあ、そんなことはどうでも良いんですよ」

 アルベリヒもディトリヒも思わず後ろに下がるが、冷たく湿った壁がそれを拒む。そんな二人の動きが面白かったのか、人影は手を彼らの頭の方へ伸ばした。

「だって、あなた方はここで死ぬんですから」

 その言葉と同時にまばゆい閃光が走る。次の瞬間には、血を流したアルベリヒとディトリヒが牢の中で倒れていた。
 くすくすと笑うと、男はフードを外す。闇の中で目立つ赤い瞳が、生々しく二人を見下ろしていた。



『旧ソプレス王国の魔法師団長。オスカー・ヴァルシュだったはずなのに』



 ヤコブのそんな呟きが、どこかから聞こえた気がした。
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