女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第百十二話 セドリックのプロポーズ

「ロミーナ・アマトリアン令嬢」

 とうとう学園祭も裁判も終わり、約束通り私はステファン様と相対していた。ようやくここまできたのだ。次に言われる台詞はもう分かっている。
 明日から休暇であり、学園に来るのは今日で最後と言う日。私はステファン様に呼び出され、王族専用食堂まで来ていた。放課後の食堂には私たち以外誰もいない。いや、一人だけは例外だが。

「ステファン様、私の方から言わせて下さイ」

 私に制止され、ステファン様は少し驚いたように目を見開く。

「ステファン様、私と婚約解消して下さイ」

 言われた言葉にしばらく固まっていたステファン様だったが、状況を理解するとゆっくり頷いた。

「もう無理だト、ずっと前から分かっていましタ。ここまでこじれてしまってハ、もう私達の仲は上手くいかないでしょウ」

「ああ、その通りだ」

「お好きな方ができてしまったのなラ、尚更でス」

「それは……っ!」

 反論しようとするも言葉が続かない。浮気に当たるかどうかギリギリのラインなのだから、彼が悩むのもしょうがないだろう。私は見慣れない彼の慌てた様子に、思わず声を上げて笑ってしまった。

「いいのでス。分かっていますかラ。私にモ、気に留めて下さる方がいますシ」

「そ、うなのか……それなら、良かった」

 ほっとしたように俯くと、彼は姿勢を正してまっすぐ私の方を見た。意志の強い赤い瞳が私を射抜く。大昔はその瞳にドキッとしたかもしれないが、今はそんな胸の高鳴りはない。

「ロミーナ嬢、決して貴女が不出来だとか、そういうことではない。これは、両親の問題だ」

「えエ、承知していまス。全て私の両親が問題でス。……今まデ、私の両親が貴方様を悪く言っていたこト、そしテ、私自身それを制しきれなかったこト」

 そこまで言葉を紡いで、私は深く礼をした。影で何度も謝罪はしていたが、ここまではっきりと向かい合って言うのは始めてかもしれない。

「何度でも謝罪しまス。本当に申し訳ありませン」

「私も、君が両親の言動に困っていたのは分かっていた」

 今度はステファン様も深く礼をする。

「止められなくて、助けられなくて、すまない」

 お互いに顔を上げて目が合った私達は、声を上げて笑った。ずっと前からこうして彼と腹を割って話していれば良かったのだ。彼は敵ではなく、味方になってくれるはずの人だと分かっていたはずなのだから。そうは思っても、もう遅い。私も彼も別の道を行こうとしている。

「では、また来年。学園で」

「はイ。また来年」

 私が頷くと、ステファン様は私の横を通り過ぎて部屋を出ていった。心なしか、彼の足取りは軽く見える。それに安堵し、私も近くの椅子に腰かけた。
 窓の外を見れば、夕日が傾き暗くなりかけている。ぼーっと外の木の葉が落ちるのを眺めていると、小さな足音が聞こえた。

『……先輩?』

 もはや聞き慣れた声と、この国ではあまり聞くことの無いライ語。予想通りの展開に胸を撫で下ろしつつ、私は声のした方を見た。

『サンスリード先輩とのお話は、終わりましたか?』

『ええ』

 そこに立っていたのは、セドリック・カンナバーロ。私よりも3つ年下の少年だ。彼は長い袖で口元を隠し、小首を傾げていた。この約一年の間に随分と背が伸びた。ぶかぶかだった制服は、彼の体に合うようになっている。あの特徴的だった長い袖も、そろそろ指先が見えそうだ。

『明日から屋敷に帰って、両親に婚約解消の旨を伝えるわ。反論してくるでしょうけど、もう決まったことだと突っぱねて見せる。大丈夫よ、やってみせるわ』

 本当は、少し怖い。怒鳴られるかもしれないし、叩かれるかもしれない。幼少期の時のように、部屋に閉じ込められて食事も与えられないかもしれない。
 それでも今は、リリアンナやアレクサンド様が付いている。両親を脅す材料もあるし、これ以上彼らの好きにさせるつもりはない。……こんな娘ならいらないと、消されてしまうかもしれないけど。
 そんな私の暗い表情に気付いたのだろう。気付くと彼は私の前に来て、床に片膝を立てていた。そこまでしてもらう必要はないと止めようと思ったが、その前に彼の手が私の手を掴む。

『ロミーナ・アマトリアン嬢』

 いつになく、彼の顔は真剣だった。菫色の瞳に私が映っているのを見て、胸が高まる。反対の手で彼は懐から何かを取り出し、私に差し出した。



『僕と婚約して下さい』



 差し出されたそれは、一通の封筒だった。恐る恐る中を見ると、そこにはカンナバーロ伯爵家当主のサインが入った正式な婚約申込書が入っていた。

『え?』

 彼が私に好意を寄せていたことは分かっていた。リリアンナにも間に入ってもらったりして色々あったけれど、私も彼が嫌いではない。むしろ、たぶん、彼が他の女性と話していると嫉妬心が沸いてしまうくらいには好きだ。ステファン様と別れれば、いずれそう言う話を持ってくるだろうことは予想していたけれど、まさかこんな早くにこれを持ってくるとは驚いた。あまりに用意周到だ。

『父に言って、書いておいてもらったんです。いつでも渡せるように、ずっと持ってたんですよ?』

 お茶目に言うが、この年でこの行動力には驚かされる。

『あ、後これも』

 そう言って小さな箱を取り出す。木でできた粗末な物にも見えるが、蓋を開けると中に入っていたのは紫色に輝くチャロアイトをあしらった銀の指輪だった。

『薄々、先輩の事情は分かっているつもりです。だから、この指輪に先輩を守れるありったけの魔法を込めました。これがあれば、崖から落ちたって死なないですよ』

 笑いながら言うが、とんでもない代物だ。まだ幼く、可愛らしい見た目をしていても、彼は次期魔法士団団長になるのではと噂される人間。とても市場に出せないような魔法道具を、趣味の範囲で作ってしまうのだから恐ろしい。
 そうは思いつつ、私のためだけにコツコツとこれを作ってくれていたのだと考えると、どうしようもない愛しさが込み上げてきた。

『……ロミーナ』

 名前で呼ばれるのは始めてかもしれない。ドキッと胸が高まり、彼から目が離せなくなる。

『僕と婚約してくれますか?』

 改めて言ってくれた言葉に、私はみるみる顔が赤くなるのを感じた。私に真っすぐ差し出された彼の手を、そっと掴む。

『はい。喜んで』

 笑顔で返事をした瞬間、視界が真っ黒になった。急に立ち上がった彼に抱きしめられたのだと気付いたのは、その少し後だ。

『良かった……これで、先輩は僕だけのものなんですよね?』

『あの……一応、節度は守ってもらわないと。まだ正式な婚約解消は終わっていないんですし』

 思えば、こうして誰かに愛情をこめて抱きしめられるのは子供の時以来かもしれない。このまま埋もれていたいような、でも絶対にこれではいけないような、慣れないソワソワとした気持ちで混乱してくる。

『それじゃ、これはしばらくお預けで』

 そう言いながら額にキスを落としてくる。以前から思っていたが、あまりにも好意の伝え方がストレートすぎる。顔を真っ赤にしつつため息をつき、私は彼と体を離した。いつの間にかはめられた指輪はピッタリ私の指のサイズにあっている。

『それじゃ、帰りましょうか。ロミーナ』

 もう外も暗い。差し出された手に掴まり立ち上がると、私はセドリックと一緒に食堂を出た。廊下を歩きながら、ふと忘れかけていた予定を思い出す。

『……あ、私、王城に寄らないといけないの』

『王城?』

『ええ……』

 授業が終了し、帰り支度をしていた最中に声をかけられたのだ。

『アレクサンド様が、話があるって』
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