女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第百十七話 陰謀

「……で、どうするのよ?」

 母の声が聞こえる。どうやら魔法は正常に作用しているらしい。怒りっぽくすぐ怒鳴る両親の所に、用事でもなければ従者はやってこない。このまましばらくは話を聞いていられるだろう。

「サンスリード公爵家に入り込めなきゃ、計画が台無しじゃない」

「しょうがないだろう。こうなってしまったんだから。まあ、元々このまま嫁がせるつもりはなかったんだから良いじゃないか」

 嫁がせるつもりはなかった?
 その言葉に体が固まった。今まで何年も、両親の失言を影で詫びてきた。ステファン様と上手くいくよう、公爵家に釣り合うよう勉強も魔法も礼儀作法も、何もかも頑張って来たのに。両親は、そんなつもりはなかったのだ。
 全身から力が抜けてしまう。それでも魔法により、両親の声は私の耳に届いてしまう。

「確かに、計画ではその頃にはもう……」

「だな」

 二人の含みのある意味深な発言に背筋が泡立つ。

「とりあえず、次の婚約者候補の選定と、あの方への連絡だ」

 何かを書くような音がする。どうやらその“あの方”とやらに手紙を書いているようだ。その手紙が読めれば、何か分かるかもしれない。方法を考えていると、手紙を書き終えたのが紙を折るようなガザガサした音がする。

「これでいいだろう。……今から早馬で送るのも、逆に不自然だな」

「貴方は明日も仕事でしょう? 私が出しておくわ」

 どうやら手紙は母の手に渡ったらしい。母は大事な物を寝室のドレッサーの引き出しによく入れている。何かと用事を言いつけられたりしていた時に、見たことがある。後は手紙を出す前に、寝室に入り込めれば……
 考えを整理して私はリリアンナの部屋へ戻った。この情報を共有して、協力を仰がなければならない。どうせならば母の引き出しの中から、他に何かの証拠になりそうなものが見つかるかもしれないし。

「戻りましタ」

「ロミーナ! 無事で良かった。大丈夫? なんともなかった?」

 戻るとさっそく、温かい笑顔でリリアンナが迎え入れてくれた。シルヴィア嬢も私に会釈するとすぐに紅茶を入れてくれる。

「何か良い話は聞けた?」

「えエ」

 リリアンナに促されて椅子に座ると、シルヴィア嬢が差し出してくれた紅茶に口を付けた。ずっと廊下にいたせいで体が冷えているのか、熱々の紅茶が身に染みる。

「どうやラ、両親に指示を出している黒幕がいるかもしれないんでス」

 思い返せば、両親はさほど頭が良くない。それでも後継者争いで勝利し、今の地位を手に入れた。これからして不自然なのだ。他に候補者だった親戚もいたはずだが、私は彼らを一度も見たことがない。
 色々おかしな点を思い出しながら、私は起こったことをリリアンナに話した。





***





 翌朝。私は事態を確認するために窓を開けた。

「リリー、もう起きてたか」

 窓から入ってくる冷気が気持ちが良い。風に当たっていると、いち早くやって来たシヴァが声をかけてくれる。

「おはよう、シヴァ。問題があったらいけないから、ちゃんと早めに起きたの」

「おはよう。まあ、その意気だ」

 シヴァが頷き、朝一番の紅茶を入れてくれる。薫り高いミルクティーだ。それを私が飲んでいると、顔を洗ったりする水桶を取りにシヴァは部屋を出た。
 それからしばらくすると、扉がノックされる。入ってきたのはロミーナだ。朝食までまだ一時間もあるのに、もう身支度を済ませている。

「おはようございまス」

「おはよう。よく眠れた?」

「なんとカ……」

 少し疲れているように見えるが、なんとか元気そうだ。笑顔を見せてくれたロミーナに、私は座るよう勧めた。
 テーブルの上にはティーセットと紙やペンが置いてある。準備はばっちりだ。

「戻りました」

 シヴァが持ってきてくれた水桶で手や顔を洗い、いつもよりもゆっくり身支度を済ませる。こういうのはタイミングが肝心なのだ。
 着替え中はもちろんシヴァには反対方向を向いて見ないようにしてもらっている。彼は例の物を持って文机の近くに立ってスタンバイ中。ロミーナに手伝ってもらいコルセットを締め、ゆっくり一枚ずつ服を着ていると、急に屋敷中に響き渡るような大きな音がした。

 ガコンッ バタッ

「いやぁ~参った! ああ~こりゃやってしまった!」

 次いで大きな声がした。これは昨夜、本当に厩の藁のベッドで就寝したヴォルフガングのものだ。普段からあんなに声が大きいのだ。今回は尚のこと、わざとらしくもっと大きな声をしている。声は棒読みで明らかにわざとらしいが、今はそれどころではない。

「お二人共、失礼します」

 ヴォルフガングの声を聞き、シヴァが素早く動く。勢いよく振り返ると同時に、私とロミーナに向かって手に持っていたそれを盛大にぶちまけた。

「きゃぁぁぁあああ!」

 私とロミーナは、精一杯の悲鳴を上げる。この悲鳴も、屋敷中に聞こえるように。
 屋外のヴォルフガングと屋内の私達。二つの場所でほぼ同時に何かが起こったのだ。屋敷中の人間が慌ててもしょうがない。
 部屋の外の廊下がバタバタと騒がしい。足音が部屋の前まで来ると、激しくドアがノックされた。

「モンリーズ令嬢、おはようございます。何がありましたか⁉」

 ドアを開けて、屋敷のメイド長が顔を出した。彼女は部屋の惨状を見て、思いっきり眉を顰めると狼狽する。

「な、なんですかこれは!?」
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