女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します
第3話 転生後の生活
「おはようございます。お嬢様」
カーテンが開けられた窓の外からは、明るい日差しが降り注ぎ、風が木々を揺らしている。小鳥が歌い、飛び交う様子が目に写った。白とピンクを基調とした可愛らしい部屋は、朝日に照らされてキラキラと輝いて見えた。
適度な温度を保った掛け布団。スプリングの利いたふわふわのベッド。ベッド脇に置かれたサイドテーブルには、まだ湯気の立つ温かな紅茶が置かれている。夢だと思っていたのに、確かに時間は経過し、私はまだこの世界にいた。
「ゆめじゃ……なかったの?」
ベタだが、頬をつねってみる。痛い。
死んだはずの私は、確かに痛みを感じていた。
「夢、ですか?」
不思議そうに隣に控えた乳母のバルバラが首を傾げる。まるで生まれてからずっとここで過ごしてきたような記憶が、私の頭には残っていた。昨日あの後、夕飯を食べに食堂に行ったり自室に戻るのに、道に迷うことなんて無かった。乳母の名前も顔も分かる。他の侍女達も同様だ。私は知らないはずなのに、ここで生きていたリリアンナの記憶が確かに存在していた。
「おとうさまが、おとこの子をつれてきて、シヴァってなまえをつけて……」
「それなら、夢じゃありませんよ。確かに昨日旦那様は子供を連れて来ました。シルヴィオと名付けて、執事長の遠縁の子供ということで届け出もしたそうです」
彼女の言葉に、もうそこまで話が進んでいたのだと知る。
死んでいない。
生きているのだ。
佐藤穂香だったはずの日本人の私が、リリアンナ・モンリーズとして。
「それじゃ……」
私はここで生きていくしかない。
リリアンナの未来を思い出す。男性に襲われたという恐怖体験の話。後に第一王子の婚約者となり、一国の王妃になるという責任と重圧。万が一ゲーム内の主人公が第一王子ルートに進んだ場合、自分に訪れるであろう身の破滅。
「どうしよう……」
一気に押し寄せてきた不安に、涙が零れる。布団を握りしめ泣き出した私を見てどう解釈したのか、乳母がぎゅっと私を抱きしめてくれた。柔らかい感触は、穂香だった時には得られなかったものだ。違和感はあるが、優しく私の背を擦ってくれる手に安心感を覚える。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
ここにいる皆がリリアンナに優しい。そのリリアンナは、どこに行ってしまったんだろう。私はここにいて良いのかな。不安と疑問が渦巻く中、私は必死に自分自身を奮い立たせた。
何が起こっているかは分からない。
ここで生きるしかないのなら、私は私なりにリリアンナ・モンリーズとして生きてみよう。それは私自身のためでもあるし、周囲の優しい人々のためでもある。
なにより、大好きな推しのシヴァをゲームのシナリオみたいに追い詰めないように。彼が幸せになれるようなリリアンナの立ち振る舞いをしてみせよう。
考えを纏めて息を整えてから、私は乳母に断りを入れて起き上がった。着替えを手伝ってくれる彼女は、しきりに話しかけてくる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。公爵様にとっての大事な娘はお嬢様だけですから」
どうやら、私がシヴァにお父様を取られて落ち込んでいると思っているらしい。元々リリアンナとして生きていたなら、そういう感情もあったかもしれない。でも、私は元々佐藤穂香だったのだ。そういう意味での嫉妬なんてするはずがない。
「ちがうのよ、バルバラ。ゆめがこわかっただけなの」
そう私が言っても彼女はハンカチの端で涙を拭くばかり。ああ、これは理解していないなと察して放っておくことにした。
着替えが終わると乳母に連れられて食堂へ向かう。広々とした食堂には、絵でしか見たことの無いような長いテーブルが鎮座し、その上座にはお父様が座っていた。
「おはよう、リリー。今日は遅かったね?」
「おはようございます、おとうさま」
朝の挨拶を交わし、綺麗にお辞儀をする。うん、ちゃんと令嬢らしく振舞えている気がする。顔を上げると乳母がお父様に何か耳打ちしていた。乳母の話を聞き、私に向かって慈愛に満ちた笑みを浮かべてくるのを見て話の内容を察する。
違うんですよ、お父様。
否定も出来ず、私は引いてもらった椅子に腰かけた。隣にはシヴァがいる。横目でこちらを見ている彼は、この屋敷の執事服を身に纏っていた。子供用に採寸を合わせたのか、大人びた服に着せられている彼はとても可愛い。
「おはよう、シヴァ」
「……はよ」
相変わらずぶっきらぼうに返事をしてくる。彼の席は私の下座だ。話しやすいように気を使ってか、隣同士にしてくれている。本来ならお母様が座るであろう正面の席には誰もいない。
面倒は見るが、この家の子供ではない。年は上でも、あくまでリリアンナより立場は下なのだと、この席順が彼のモンリーズ家での立場を表している。
「シルヴィオ、お嬢様への言葉遣い」
突然ぴしゃりと放たれた言葉に、シヴァはビクリと体を震わせる。ちらりと彼の後ろを見ると、執事長のルネが控えていた。
カーテンが開けられた窓の外からは、明るい日差しが降り注ぎ、風が木々を揺らしている。小鳥が歌い、飛び交う様子が目に写った。白とピンクを基調とした可愛らしい部屋は、朝日に照らされてキラキラと輝いて見えた。
適度な温度を保った掛け布団。スプリングの利いたふわふわのベッド。ベッド脇に置かれたサイドテーブルには、まだ湯気の立つ温かな紅茶が置かれている。夢だと思っていたのに、確かに時間は経過し、私はまだこの世界にいた。
「ゆめじゃ……なかったの?」
ベタだが、頬をつねってみる。痛い。
死んだはずの私は、確かに痛みを感じていた。
「夢、ですか?」
不思議そうに隣に控えた乳母のバルバラが首を傾げる。まるで生まれてからずっとここで過ごしてきたような記憶が、私の頭には残っていた。昨日あの後、夕飯を食べに食堂に行ったり自室に戻るのに、道に迷うことなんて無かった。乳母の名前も顔も分かる。他の侍女達も同様だ。私は知らないはずなのに、ここで生きていたリリアンナの記憶が確かに存在していた。
「おとうさまが、おとこの子をつれてきて、シヴァってなまえをつけて……」
「それなら、夢じゃありませんよ。確かに昨日旦那様は子供を連れて来ました。シルヴィオと名付けて、執事長の遠縁の子供ということで届け出もしたそうです」
彼女の言葉に、もうそこまで話が進んでいたのだと知る。
死んでいない。
生きているのだ。
佐藤穂香だったはずの日本人の私が、リリアンナ・モンリーズとして。
「それじゃ……」
私はここで生きていくしかない。
リリアンナの未来を思い出す。男性に襲われたという恐怖体験の話。後に第一王子の婚約者となり、一国の王妃になるという責任と重圧。万が一ゲーム内の主人公が第一王子ルートに進んだ場合、自分に訪れるであろう身の破滅。
「どうしよう……」
一気に押し寄せてきた不安に、涙が零れる。布団を握りしめ泣き出した私を見てどう解釈したのか、乳母がぎゅっと私を抱きしめてくれた。柔らかい感触は、穂香だった時には得られなかったものだ。違和感はあるが、優しく私の背を擦ってくれる手に安心感を覚える。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
ここにいる皆がリリアンナに優しい。そのリリアンナは、どこに行ってしまったんだろう。私はここにいて良いのかな。不安と疑問が渦巻く中、私は必死に自分自身を奮い立たせた。
何が起こっているかは分からない。
ここで生きるしかないのなら、私は私なりにリリアンナ・モンリーズとして生きてみよう。それは私自身のためでもあるし、周囲の優しい人々のためでもある。
なにより、大好きな推しのシヴァをゲームのシナリオみたいに追い詰めないように。彼が幸せになれるようなリリアンナの立ち振る舞いをしてみせよう。
考えを纏めて息を整えてから、私は乳母に断りを入れて起き上がった。着替えを手伝ってくれる彼女は、しきりに話しかけてくる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。公爵様にとっての大事な娘はお嬢様だけですから」
どうやら、私がシヴァにお父様を取られて落ち込んでいると思っているらしい。元々リリアンナとして生きていたなら、そういう感情もあったかもしれない。でも、私は元々佐藤穂香だったのだ。そういう意味での嫉妬なんてするはずがない。
「ちがうのよ、バルバラ。ゆめがこわかっただけなの」
そう私が言っても彼女はハンカチの端で涙を拭くばかり。ああ、これは理解していないなと察して放っておくことにした。
着替えが終わると乳母に連れられて食堂へ向かう。広々とした食堂には、絵でしか見たことの無いような長いテーブルが鎮座し、その上座にはお父様が座っていた。
「おはよう、リリー。今日は遅かったね?」
「おはようございます、おとうさま」
朝の挨拶を交わし、綺麗にお辞儀をする。うん、ちゃんと令嬢らしく振舞えている気がする。顔を上げると乳母がお父様に何か耳打ちしていた。乳母の話を聞き、私に向かって慈愛に満ちた笑みを浮かべてくるのを見て話の内容を察する。
違うんですよ、お父様。
否定も出来ず、私は引いてもらった椅子に腰かけた。隣にはシヴァがいる。横目でこちらを見ている彼は、この屋敷の執事服を身に纏っていた。子供用に採寸を合わせたのか、大人びた服に着せられている彼はとても可愛い。
「おはよう、シヴァ」
「……はよ」
相変わらずぶっきらぼうに返事をしてくる。彼の席は私の下座だ。話しやすいように気を使ってか、隣同士にしてくれている。本来ならお母様が座るであろう正面の席には誰もいない。
面倒は見るが、この家の子供ではない。年は上でも、あくまでリリアンナより立場は下なのだと、この席順が彼のモンリーズ家での立場を表している。
「シルヴィオ、お嬢様への言葉遣い」
突然ぴしゃりと放たれた言葉に、シヴァはビクリと体を震わせる。ちらりと彼の後ろを見ると、執事長のルネが控えていた。