女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第4話 仲良くなりたい

 モンリーズ公爵家の執事長はルネ・ミュレーズという女性だ。確か辺境の男爵家の生まれだったが、優秀な頭脳と教育の行き届いた立ち振る舞いを買われてお父様の右腕になった人だ。
 長いルビーレッドの髪を高い位置でポニーテールにし、シヴァと同じデザインの執事服を着ている。胸ポケットに入ったモンリーズ家を象徴する薔薇色と家紋の付いたハンカチが、執事長である証だ。
 どうやら彼の教育係も兼用しているらしく、何かあると彼に声をかけている。お父様も了承済みなのか、特に何も言わなかった。

「おはようございます、お嬢様」

 ルネに言われて少し慌てたように挨拶をやり直すシヴァ。うん、可愛い。幼少期の推しってなんでこんなに可愛いんだろう。

「では、神に感謝して……いただきます」

 食事前のお父様の挨拶に倣い手を合わせる。この神が何なのか、何の宗教なのかは思い出そうとしてもよく分からない。きっとリリアンナもよく知らないのだ。まだ5歳だという子供には、まだ教えられていないのだろう。

「「いただきます」」

 シヴァと一緒に礼を済ませて、私はフォークを手に取った。
 さすが公爵家。出された料理は朝から豪華だ。朝からサラダやオードブルにフルーツなんて、今まで食べた記憶がない。過去の生活を思い出しながら料理を嚙み締め、ふとシヴァの様子を見た。行儀が悪いとルネに怒られていないだろうかと心配になるが、食事をする動作は驚くほど綺麗で慣れているのが見て分かる。ルネは一言も口を出さない。
 そういえば、元々はお父様の友人の息子。つまりは貴族の出身なのだ。幼少期から教えられたマナー教育が染みついているのだろう。

「シヴァ、すごくじょうずね」

「何が?」

「言葉遣い」

 すぐさまルネに文句を言われ、黙ってしまうシヴァ。

「何がですか?」

 少しの間をおいて返された返事に苦笑してしまう。

「おしょくじ、すごくきれいにたべてるわ」

 まだ5歳だからか、机が遠いしフォークの持ち方も覚束ない。一口を大きくしすぎて口元を汚してしまう私は、何度もナプキンを使っていた。ある程度行儀作法を学んでいても、まだしっかり身につけることは出来なかったようだ。

「お嬢様も、慣れれば出来ますよ」

 食事の手を止め、彼はナプキンを手にする。彼の口元は汚れていないのにと不思議に思っていると、その手が私の頬に触れた。頬の端に付いていたであろうソースを、自分のナプキンで拭ってくれる。気を良くしたのか、こちらを見て少しだけ口の端を歪めて笑う彼の姿に、頬が赤くなる。

 良い!
 これぞ役得!

 彼からしたら幼い妹の世話を焼いているつもりなのだろう。それでも、自分から触れて少しでも笑ってくれる姿にきゅんとしてしまった。

「あ、ありがとう」

 それしか言葉に出来ず、私は頬の赤みを隠すために懸命に料理に向かった。また頬を汚したらシヴァが拭ってくれるかな、なんて邪な考えを抱きながら。





***





 食事を終え、マナー講師の先生が来るまでは自由時間だ。乳母とルネからそれぞれ注意されつつ、シヴァと一緒に庭に出た。
 天気は良好。温かい日差しに包まれた庭園は手入れが行き届いていて、色とりどりの綺麗な花が咲き乱れている。大人がいない状態で二人きりになるのは始めてのことで、少し緊張してしまう。
 リリアンナの記憶を頼りに庭を歩いていると、白い屋根の東屋がある場所に着いた。東屋周辺の花を一つ一つ鑑賞しながら、何を言えば良いか考える。

「このおはな、きれいね!」

 結局、すごく適当な話を振ってしまった。しゃがみながら私が見ていたのは、薔薇の花に似ているが一つ一つの花がすごく小さい白い花だ。

「そうですね」

 私の隣にしゃがみこんで花を見ながら、彼はそっけなく返事をした。表情を変えずに敬語で話されて、少し違和感を覚える。
 私は彼と仲良くなりたい。ゲームみたいなただの主従関係じゃない。お父様が言ったみたいに、二人ともお父様の子供だと思って兄弟みたいに仲良くなりたいのだ。

「いつものでいいのよ」

「え?」

 不思議そうにこちらを見る空色の瞳に胸が高鳴る。それでも、目を逸らさずに言わなきゃいけないと思い、彼の頬を両手で包み込んで真っすぐに見つめた。

「わたし、シヴァとなかよくなりたい」

 これは本心だ。
 今回の生で何がしたいかと問われれば、一番は推しと仲良くなりたい。彼と仲良くなって、ゲーム内でのリリアンナのように彼に無理に女装させたり、傍若無人な振る舞いをしないようにしたい。彼を不幸な目に遭わせたくない。

「シヴァにはしあわせでいてほしいの」

 だから、無理はしないで。大人に言われて取り繕って、表面上仲良くしているような関係にはなりたくないから。

「なんだそれ」

 少し驚いたように目を見開いていたシヴァは、私の手を取って苦笑した。何も取り繕っていないような、彼の本心が見えた笑顔。つられて私も笑ってしまう。

「ふたりのときはリリーってよんでね」

 そう約束を取り付けると、彼も了承してくれた。その日は一度も呼んでもらえなかったけど、それで良い。これからもっともっと仲良くなるんだから。



 自由時間が終わって部屋に戻る道すがら、先を歩くシヴァの後を追いかけた。

「そういえば」

 ふと窓の外を見ながらシヴァは言葉を紡ぐ。そこでは庭師の女性がせっせと土を運んでいた。

「この屋敷の中、女しかいないんだな」

 なんとなしに言われた言葉。リリアンナの記憶を思い返すと、確かに屋敷内でお父様以外の男性を見たことがない。
 外出する時の護衛に男性がついていたこともあったが、屋敷内の執事や侍女、料理人から庭師、警護にあたる騎士まで全てが女性だ。シヴァに言われて始めてその事実に気付いたが、長く住んでいるはずのリリアンナもその疑問の答えを持ってはいなかった。
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