女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します
第五十話 はじめての贈り物
とうとうシヴァとのデートの時間になった。急ぎ足で馬車に戻り、手早く魔法や着替えを済ませた私達は初日には行けなかった場所を回ることにした。
一学年の他のクラスを回り、二学年のアレクサンドのクラスにやって来る。彼の言っていた通り、どうやら商人にほとんどお任せ状態らしい。客の生徒以外は、二人くらいが現場監督として担当の生徒が残っているのみになっているようだ。
教室内の小さなバザー会場は、中央の現場監督の生徒がいるエリアを囲むように、様々な国の雑貨や工芸品の露店が並んでいた。賑やかだが落ち着いた雰囲気で、専門の商人が持ち込んだ本格的な商品が目を引く。アレクサンド達の息のかかった商人なだけあって、どこも本格的だ。
「あ、見て! ライハラの店があるわ」
「本当だな」
「イザベラたちと来た時はゆっくり選べなかったの。少し見てもいい?」
彼に確認を取ると、私達は一緒に店へ向かった。異国っぽい雰囲気の店は、鮮やかなターコイズブルーや深紅の布が天井から吊るされ、独特の香油の匂いが漂っていた。低い木製の棚には、複雑な透かし彫りの施されたランプや、金糸銀糸が使われた豪華な刺繍の小物、そして大粒の天然石を使った装飾品が並んでいる。そこに一人で店番をしていた、小麦色の肌をした店主がにこにこと出迎えてくれた。
「やア、素敵なお二人さン。今日はデートかイ?」
店主の言葉に、一気に顔が赤くなった。もう慣れてきて自然に腕を組んでいたが、指摘されると改めて意識してしまう。
「彼氏はいいとこ見せなきゃナ。どうだイ? 綺麗な彼女にこのブローチでモ」
そう言われて、シヴァが前のめりになって話を聞き始めた。店主は豪華なブローチを彼に見せつけている。いやいや、店主の売り文句なのは分かってるでしょ! と突っ込みたくなりつつ、見上げるとシヴァは真剣な表情をしているのでそれ以上は何も言えない。
「シルバーの物はないのか」
「ライハラでシルバーはあまり無いネェ。ゴールドの方が好まれるもんデ。ちょっと待ってナ」
そう言いながら店主は背を向け、奥の箱から何かを探し始めた。私は慌ててシヴァの袖を引く。
「急にどうしたの? 私が選ぼうとしたのに……」
「悪い。ああ言われると、つい……それに」
シヴァは少し照れたように視線を外した。
「指輪のお礼に、何か贈ろうとはずっと思ってたんだ」
その言葉に、一気に喜びが沸き上がってきた。なんと無しに、ついで感覚で作った物でもある指輪なのに、ちゃんとそこまで考えてくれていた。その事実が嬉しい。
「俺は店主と話してるから、リリーは好きな物を見ていても」
「いいわ。今回は、シヴァに選んでもらう」
私は組んでいた腕にぎゅっと力を込めた。
「だって、はじめてのシヴァからの贈り物だもの」
私の笑顔を見て、シヴァも表情を緩める。二人で見つめ合っていると、店主が戻ってくる。
「見つめ合っテ、お熱いネ! お二人さン!」
にやにやしながら言う店主の言葉に、私達は慌てて目を逸らした。
店主が出してきたのは、シルバーの装飾品だった。ゴールドが好まれる風習だからか、差し色に金が使われているものも多い。箱に並べられた宝飾品は、細かな彫金が施された豪華なピアスや、大ぶりの石を使った指輪など、異国情緒あふれるデザインが目立った。
その中でも、ターコイズが一粒だけ使われたシンプルなネックレスが目につく。チェーンはシルバーだが、ターコイズを支える土台にはゴールドも使われていて、シンプルながら飽きないデザインになっている。
「それがいいのか? 一番安いくらいだ。もう少し高くても、オレが……」
「これがいいの」
不透明な水色のターコイズは、シヴァの空色の目によく似ている。シルバーの長いチェーンは、彼の長髪を思わせた。
「だって、シヴァみたいな色してるもの」
店主にはきっとよく分からない。だって、今の彼は長い黒髪だし、目元も眼鏡で隠れているから。シヴァは意図が分かったのか、少しだけ頬を染めていた。
横から野暮なことは言わず、店主はトレーにそのネックレスを乗せて差し出してくれた。試着しても良いという事なんだろう。ネックレスと受け取ると、シヴァは留め金を外す。
「髪、上げといてくれるか?」
私の今日の髪型は、ゆるい編み込みのハーフアップだ。魔法で髪色を黒に変えてはいても、髪型は変わっていない。シヴァから腕を離し、私は長い髪を持ち上げた。
前から私を抱きしめるように腕を回すと、首の後ろで留め金を止める。シヴァの体温に包まれて心臓が跳ねた。顔が赤くなるのが恥ずかしくて、そのままシヴァの胸に頭を預けると彼はそのまま受け入れてくれた。一瞬のはずのこの時間が、永遠のようにも感じられた。
「よし、できたぞ」
シヴァの声と共に、暖かな腕が私から離れた。
「いいねいいネ! よくお似合いヨ。お嬢さン」
差し出された鏡を見てみる。確かに、黒髪にピンクの目の今の姿によく似合っているが、魔法を解いた後の私の姿にも似合うだろうかと少し不安がよぎる。微妙な顔をしている私の考えに気付いたのだろう。シヴァは横から強く私の肩を抱いた。
「大丈夫だ。ちゃんと似合う」
「本当に……?」
シヴァの確信に満ちた瞳を見て、不安は霧散した。
「じゃあ、これにする」
私の言葉に、店主が嬉しそうに「まいどあリ!」と声を上げていた。シヴァが会計を済ませている間、私は片手でネックレスを弄っていた。シヴァからのプレゼントが、本当に嬉しくて。このまま永遠に外したくないと思った。
***
最後に来たのは三学年の舞台だ。三学年で舞台を行っているところは二か所あるが、私達は役者を雇っているという高位クラスの方へ来た。生徒が熱心に作成したシナリオの出来が大変よく、評判になっていた噂を聞いていたのだ。
教室を改造した舞台部屋は、普段の硬質なイメージとは異なり、重厚なベルベットの幕や吊るされたランタンによって劇場のような雰囲気が作り出されていた。評判もあって人が多く、客席は満席に近かった。
「シヴァ、こっちこっち」
席へ通され、私が先に進む。通された席は一番前の右側の方。どうにか二席だけ空いていたようだった。学園祭最終日の最終公演と言うこともあり、後から来たお客さんは立ち見になっているようだ。
「楽しみね。私、なんだかんだお芝居って見て無かったから」
「俺も見てないな」
確かに、彼も忙しいし終始私と一緒にいたのでゆっくり観劇なんてできなかったのだろう。そうなると、お互いにこの劇がはじめてになる。
ドキドキしていると、合図とともに徐々に室内が暗くなっていく。私は緊張しながら、シヴァと繋いだ手をきつく握り直した。
全部で45分程度の劇の内容は、身分違いのラブストーリーだった。内容は、貧しいながらも夢を追う街の青年と、屋敷から出たことのない令嬢の密かな交流を描くもの。障害となる家族からの妨害を二人で説得して乗り越え、はじめて外に出られた令嬢が青年に感謝を示し愛を誓うところで話は終わる。身分の差を乗り越え、これから先の夢を語る二人が幸せそうな、短いながらも胸が温かくなる話だった。
劇が終了し、観客が次々と出ていくけれど私はその場から動けなかった。
「おい、大丈夫か?」
「だいじょぶ……」
前世ぶりに劇なんてみたら、思いの外感動して泣いてしまったのだ。私、こんなに涙腺弱かったっけ? たぶん、身分差が報われるというストーリーが胸に響いたのだ。
涙目でシヴァを見つめると、空色の瞳と目が合った。心配そうにしながら、私の涙をハンカチで拭ってくれる。彼とこのまま、あの劇のように身分差を乗り越えて共に歩めたらどれだけいいだろう。私を支えてくれている腕がとても頼もしく感じる。
「あの、すみません。そろそろ片付けに入りたいんですけど……」
やって来た男子生徒に、そう言われてしまった。そうだ。公演はこれで最後。もう片付けに入るのだ。
「すみません。すぐに出ます」
なんとか笑顔を取り繕って、立ち上がり外に出る。その間もずっと、シヴァは私の肩を支えてくれていた。
学園祭終了時間が迫り、校舎内は学園祭中とはまた違った喧騒に包まれていた。華やかに飾り付けられた廊下では、すでに生徒たちが椅子や机を運び出し、飾りを外す作業に取り掛かっている。片付けの指示をする者の声や、イベントの終了を知らせる声。生徒たちの疲れた溜息に、道具がぶつかり合う音。そんな音が校舎内に響いている。
私達はとりあえず、二人でゆっくり馬車まで歩いた。片付けのためか、劇が終わったのは少し早く、集合時間まで少し間がある。
馬車置き場まであと少しという所で、シヴァが突然足を止めた。彼の視線を追うと、他の校舎よりも小さめの、表からは隠れた場所にある建物が目に入った。建物の外壁は煉瓦が古びた色合いを見せており、控えめな佇まいだ。
「ちょっとだけ、寄ってくか?」
「え? ここって」
「リリーが授業中待機するための、使用人部屋。今は誰もいないだろ」
彼は手を引き、中に案内してくれる。使用人部屋は、質素だが清潔に整えられていた。壁際には長めのテーブルと木製の椅子がいくつか並び、隅には練習用の安価なティーセットが棚に置かれている。全体的にさほど高価ではないが、機能的な造りだった。
「普段はここで過ごしてたのね」
「そうだな……特に、よくいる場所はここだ」
徐にシヴァは重厚な扉を開ける。その部屋は窓のカーテンが締め切られており暗かったが、シヴァが壁のスイッチに触れて明かりをつけると、三方を天井まで届く書棚が占める小さな書庫が現れた。
一学年の他のクラスを回り、二学年のアレクサンドのクラスにやって来る。彼の言っていた通り、どうやら商人にほとんどお任せ状態らしい。客の生徒以外は、二人くらいが現場監督として担当の生徒が残っているのみになっているようだ。
教室内の小さなバザー会場は、中央の現場監督の生徒がいるエリアを囲むように、様々な国の雑貨や工芸品の露店が並んでいた。賑やかだが落ち着いた雰囲気で、専門の商人が持ち込んだ本格的な商品が目を引く。アレクサンド達の息のかかった商人なだけあって、どこも本格的だ。
「あ、見て! ライハラの店があるわ」
「本当だな」
「イザベラたちと来た時はゆっくり選べなかったの。少し見てもいい?」
彼に確認を取ると、私達は一緒に店へ向かった。異国っぽい雰囲気の店は、鮮やかなターコイズブルーや深紅の布が天井から吊るされ、独特の香油の匂いが漂っていた。低い木製の棚には、複雑な透かし彫りの施されたランプや、金糸銀糸が使われた豪華な刺繍の小物、そして大粒の天然石を使った装飾品が並んでいる。そこに一人で店番をしていた、小麦色の肌をした店主がにこにこと出迎えてくれた。
「やア、素敵なお二人さン。今日はデートかイ?」
店主の言葉に、一気に顔が赤くなった。もう慣れてきて自然に腕を組んでいたが、指摘されると改めて意識してしまう。
「彼氏はいいとこ見せなきゃナ。どうだイ? 綺麗な彼女にこのブローチでモ」
そう言われて、シヴァが前のめりになって話を聞き始めた。店主は豪華なブローチを彼に見せつけている。いやいや、店主の売り文句なのは分かってるでしょ! と突っ込みたくなりつつ、見上げるとシヴァは真剣な表情をしているのでそれ以上は何も言えない。
「シルバーの物はないのか」
「ライハラでシルバーはあまり無いネェ。ゴールドの方が好まれるもんデ。ちょっと待ってナ」
そう言いながら店主は背を向け、奥の箱から何かを探し始めた。私は慌ててシヴァの袖を引く。
「急にどうしたの? 私が選ぼうとしたのに……」
「悪い。ああ言われると、つい……それに」
シヴァは少し照れたように視線を外した。
「指輪のお礼に、何か贈ろうとはずっと思ってたんだ」
その言葉に、一気に喜びが沸き上がってきた。なんと無しに、ついで感覚で作った物でもある指輪なのに、ちゃんとそこまで考えてくれていた。その事実が嬉しい。
「俺は店主と話してるから、リリーは好きな物を見ていても」
「いいわ。今回は、シヴァに選んでもらう」
私は組んでいた腕にぎゅっと力を込めた。
「だって、はじめてのシヴァからの贈り物だもの」
私の笑顔を見て、シヴァも表情を緩める。二人で見つめ合っていると、店主が戻ってくる。
「見つめ合っテ、お熱いネ! お二人さン!」
にやにやしながら言う店主の言葉に、私達は慌てて目を逸らした。
店主が出してきたのは、シルバーの装飾品だった。ゴールドが好まれる風習だからか、差し色に金が使われているものも多い。箱に並べられた宝飾品は、細かな彫金が施された豪華なピアスや、大ぶりの石を使った指輪など、異国情緒あふれるデザインが目立った。
その中でも、ターコイズが一粒だけ使われたシンプルなネックレスが目につく。チェーンはシルバーだが、ターコイズを支える土台にはゴールドも使われていて、シンプルながら飽きないデザインになっている。
「それがいいのか? 一番安いくらいだ。もう少し高くても、オレが……」
「これがいいの」
不透明な水色のターコイズは、シヴァの空色の目によく似ている。シルバーの長いチェーンは、彼の長髪を思わせた。
「だって、シヴァみたいな色してるもの」
店主にはきっとよく分からない。だって、今の彼は長い黒髪だし、目元も眼鏡で隠れているから。シヴァは意図が分かったのか、少しだけ頬を染めていた。
横から野暮なことは言わず、店主はトレーにそのネックレスを乗せて差し出してくれた。試着しても良いという事なんだろう。ネックレスと受け取ると、シヴァは留め金を外す。
「髪、上げといてくれるか?」
私の今日の髪型は、ゆるい編み込みのハーフアップだ。魔法で髪色を黒に変えてはいても、髪型は変わっていない。シヴァから腕を離し、私は長い髪を持ち上げた。
前から私を抱きしめるように腕を回すと、首の後ろで留め金を止める。シヴァの体温に包まれて心臓が跳ねた。顔が赤くなるのが恥ずかしくて、そのままシヴァの胸に頭を預けると彼はそのまま受け入れてくれた。一瞬のはずのこの時間が、永遠のようにも感じられた。
「よし、できたぞ」
シヴァの声と共に、暖かな腕が私から離れた。
「いいねいいネ! よくお似合いヨ。お嬢さン」
差し出された鏡を見てみる。確かに、黒髪にピンクの目の今の姿によく似合っているが、魔法を解いた後の私の姿にも似合うだろうかと少し不安がよぎる。微妙な顔をしている私の考えに気付いたのだろう。シヴァは横から強く私の肩を抱いた。
「大丈夫だ。ちゃんと似合う」
「本当に……?」
シヴァの確信に満ちた瞳を見て、不安は霧散した。
「じゃあ、これにする」
私の言葉に、店主が嬉しそうに「まいどあリ!」と声を上げていた。シヴァが会計を済ませている間、私は片手でネックレスを弄っていた。シヴァからのプレゼントが、本当に嬉しくて。このまま永遠に外したくないと思った。
***
最後に来たのは三学年の舞台だ。三学年で舞台を行っているところは二か所あるが、私達は役者を雇っているという高位クラスの方へ来た。生徒が熱心に作成したシナリオの出来が大変よく、評判になっていた噂を聞いていたのだ。
教室を改造した舞台部屋は、普段の硬質なイメージとは異なり、重厚なベルベットの幕や吊るされたランタンによって劇場のような雰囲気が作り出されていた。評判もあって人が多く、客席は満席に近かった。
「シヴァ、こっちこっち」
席へ通され、私が先に進む。通された席は一番前の右側の方。どうにか二席だけ空いていたようだった。学園祭最終日の最終公演と言うこともあり、後から来たお客さんは立ち見になっているようだ。
「楽しみね。私、なんだかんだお芝居って見て無かったから」
「俺も見てないな」
確かに、彼も忙しいし終始私と一緒にいたのでゆっくり観劇なんてできなかったのだろう。そうなると、お互いにこの劇がはじめてになる。
ドキドキしていると、合図とともに徐々に室内が暗くなっていく。私は緊張しながら、シヴァと繋いだ手をきつく握り直した。
全部で45分程度の劇の内容は、身分違いのラブストーリーだった。内容は、貧しいながらも夢を追う街の青年と、屋敷から出たことのない令嬢の密かな交流を描くもの。障害となる家族からの妨害を二人で説得して乗り越え、はじめて外に出られた令嬢が青年に感謝を示し愛を誓うところで話は終わる。身分の差を乗り越え、これから先の夢を語る二人が幸せそうな、短いながらも胸が温かくなる話だった。
劇が終了し、観客が次々と出ていくけれど私はその場から動けなかった。
「おい、大丈夫か?」
「だいじょぶ……」
前世ぶりに劇なんてみたら、思いの外感動して泣いてしまったのだ。私、こんなに涙腺弱かったっけ? たぶん、身分差が報われるというストーリーが胸に響いたのだ。
涙目でシヴァを見つめると、空色の瞳と目が合った。心配そうにしながら、私の涙をハンカチで拭ってくれる。彼とこのまま、あの劇のように身分差を乗り越えて共に歩めたらどれだけいいだろう。私を支えてくれている腕がとても頼もしく感じる。
「あの、すみません。そろそろ片付けに入りたいんですけど……」
やって来た男子生徒に、そう言われてしまった。そうだ。公演はこれで最後。もう片付けに入るのだ。
「すみません。すぐに出ます」
なんとか笑顔を取り繕って、立ち上がり外に出る。その間もずっと、シヴァは私の肩を支えてくれていた。
学園祭終了時間が迫り、校舎内は学園祭中とはまた違った喧騒に包まれていた。華やかに飾り付けられた廊下では、すでに生徒たちが椅子や机を運び出し、飾りを外す作業に取り掛かっている。片付けの指示をする者の声や、イベントの終了を知らせる声。生徒たちの疲れた溜息に、道具がぶつかり合う音。そんな音が校舎内に響いている。
私達はとりあえず、二人でゆっくり馬車まで歩いた。片付けのためか、劇が終わったのは少し早く、集合時間まで少し間がある。
馬車置き場まであと少しという所で、シヴァが突然足を止めた。彼の視線を追うと、他の校舎よりも小さめの、表からは隠れた場所にある建物が目に入った。建物の外壁は煉瓦が古びた色合いを見せており、控えめな佇まいだ。
「ちょっとだけ、寄ってくか?」
「え? ここって」
「リリーが授業中待機するための、使用人部屋。今は誰もいないだろ」
彼は手を引き、中に案内してくれる。使用人部屋は、質素だが清潔に整えられていた。壁際には長めのテーブルと木製の椅子がいくつか並び、隅には練習用の安価なティーセットが棚に置かれている。全体的にさほど高価ではないが、機能的な造りだった。
「普段はここで過ごしてたのね」
「そうだな……特に、よくいる場所はここだ」
徐にシヴァは重厚な扉を開ける。その部屋は窓のカーテンが締め切られており暗かったが、シヴァが壁のスイッチに触れて明かりをつけると、三方を天井まで届く書棚が占める小さな書庫が現れた。