女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第6話 秘密のお出かけ

 夕食後の片付けも明日の準備も終わり、さて寝る前に本でも読んであげようかとバルバラはリリアンナの寝室に向かっていた。照明があるものの、廊下は薄暗く窓から差し込む月光の方がよほど明るく感じられる。窓の外を見れば、遠くの広場が明るくなっているのが見えた。
 そこでバルバラは、今日は前夜祭だったことを思い出した。そして日中、お祭りに行ってみたいと騒ぐお嬢様達の様子を思い返す。

「そろそろ旦那様に聞いて、外出許可を貰っても良い頃かしら」

 以前のように一人ではなく、幼いながらもお嬢様より年上で大人びたシルヴィオが付いている。大人の制止を聞かずに走り回るほど幼くもなく、大きくなったことは感じていた。美しく成長しているお嬢様が祭り会場を走り回る姿を思い浮かべながら、バルバラは嬉しそうにリリアンナの部屋の扉をノックした。

 返事はない。

「お嬢様?」

 声をかけても無言なので、もう眠ってしまったのかと首を傾げた。だが、いつも寝るのはもう少し後の時間だ。今日はそんなに疲れることをしたのだろうかと思い返すも、思い当たるものはない。

「入りますよ」

 扉を開けて中に入ると、明かりはなく真っ暗だ。扉と窓から差し込む明かりを頼りに寝台に近付き中を覗くと、リリアンナはそこにはいなかった。掛け布団もシーツも侍女が準備した時のように皺ひとつなく、全くの未使用であることがうかがえる。

「え?」

 自分の予想に反した結果に驚き、つい声が出てしまう。状況を理解したと同時に、彼女はすぐに走り出していた。

「お嬢様! どこですか⁉」

 大声で叫びながら走っていると、廊下を歩く侍女の一人と出くわした。

「サバレッタ様?」

「お嬢様を知らない⁉」

 サバレッタはバルバラの姓だ。慌ててお辞儀をする侍女に、バルバラは気にせず話しかけた。

「お嬢様なら、少し散歩をしたいと西の東屋へ行かれました」

「分かったわ……とりあえず、ついてきなさい」

 状況を整理し、侍女を伴い急ぎ足で東屋へ向かう。西の東屋は、最近模様替えをしたばかりの区画だ。その一部はまだ修繕が終わってはいないし、生け垣が育ちきれていない場所もある。昼間のお嬢様とシルヴィオの話と、修繕が未完了な庭。
 最悪な想定もしつつ、お嬢様が無事であることを祈りながら歩く。そんなバルバラの祈りは、届くことはなかった。



「そんな……」

 案の定、いくら探しても東屋にお嬢様の姿はない。明かりを手に探しても、庭には誰もいなかった。見つけたのは、明らかに子供の足跡が残った少し空間の空いた生け垣だけだ。

「貴女、すぐに旦那様に連絡して人を寄越して頂戴! 祭り会場への連絡も!」

「え?」

 バルバラの連れてきた彼女は、まだ新人の侍女だった。状況をつかめずオロオロするばかりの彼女にバルバラは続ける。

「お嬢様は、人前に出てはいけないのよ! 取り返しがつかなくなる前に、早くなさい!」





 ***





 シヴァに手を引かれて、夜道を歩く。
 胸が高鳴るのは、大人に反抗してこんな夜更けに出掛けてしまったせいだろうか。それとも、先を行く彼の手の温かさのせいだろうか。

 握られた手を見てついつい表情を緩めながら、私達は前夜祭の会場に向かっていた。
 約束した東屋に着くと、身を隠すための子供用のマントを二人分準備したシヴァが待っていたのだ。マントを着込んで彼の後に続いて生け垣をくぐり木に登り、壁を超えるのはちょっとした冒険をしているようでワクワクする。何よりお嬢様として暮らしてきて、木登りすらしたことが無かった私を優しくエスコートしてくれるシヴァは小さな紳士のようで。二人で逃避行でもしているような状況は、ゲームや漫画で見た光景を思い出してしまう。
 くすくすと笑う私に、シヴァは少し不思議そうにこちらを見ていた。



 歩みを進め広場の中心に近づくと、光が増してくる。円形の広場は中心に噴水が設置され、様々なお店が立ち並んでいた。普段はもう人通りもないはずなのに、そこにはたくさんの人が集まっている。
 色とりどりの明かりに楽しい音楽。噴水を中心に踊る人々と、簡易的に設置されたステージの上で音楽を演奏する楽団。そんな大人数の立派な楽団ではないにしろ、町の人と同じような格好で陽気に音を紡ぐ彼らはこの場所にぴったりだ。
 踊る人々の周りにはベンチやテーブルが設置され、住人が座り談笑している。彼らが手にしているのは端の方で大きく屋台を出しているモンリーズ家の配給した食事だろう。あそこには私を知っている人もいるかもしれない。注意しないと。
 そんなことを頭の片隅で考えつつ、日本のお祭りとはまた違った様子に見入ってしまう。完全に足を止めていた私を、シヴァは手を引いて端の方に誘導した。

「あまり遅くなると気付かれるから、一時間だけ。少し見て回って軽く何か摘まんだら帰るぞ」

 それはそうだ。バルバラやお父様達を無駄に心配させるわけにはいかない。了承して頷くと、シヴァは私の手を引いて町中を歩いた。

「みち、わかるの?」

「屋敷に来るときに馬車から見えたんだ。なんとなくだけど、まあ行き帰りの道順は確実に分かる」

 馬車から見ただけで覚えてるとは、なんという記憶力。驚きつつも見慣れない光景を眺めるのは、すごく楽しい。
 本当に夜まで子供が起きていたようで、何度か兄弟や友人同士で固まった子供の集団とすれ違った。広場から伸びた大通りにも小さな露店があり、そこの店主も客と一緒に呑みつつ笑っている。
 一通り見て回ると、広場のベンチに腰を下ろした。踊る人々を眺め、音楽に耳を傾けていると周りで曲に合わせて歌っている人がいる。聞きなれないフレーズだったが、町民向けに流通した歌はリズムも歌詞も単調で覚えやすい。一緒に歌ってみると、その空間との一体感が増したようで楽しかった。

「シヴァもうたお!」

「オレはいい」

 誘ってみるも断られてしまい、少し落ち込む。そんな私に気付いたのか、少し待っているよう言ってシヴァは真面目な顔で踊っている人々を見つめた。

「見てろよ」

 何をしているんだろうかと彼を見つめていると。曲がちょうど途切れたタイミングで彼は立ち上がった。
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