女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第5話 春のお祭り

 それから二週間が過ぎた。この広い屋敷はどこを見ても新鮮味があって楽しい。貴族の子女としての教育も、大変ながら優しく教えてもらえて苦労と思うことは無かった。
 将来社交界の頂点になるはずのリリアンナの頭脳と身体は、驚くほど素直に講師の教えを吸収していく。これだけ素材が良く、お父様や講師陣の教育についていけば、元一般家庭育ちの私でも立派なレディになれるはずだ。

 最初は穂香だった頃の記憶によって不安になったり泣き出したりすることがあったが、生活に馴染み安心することでその頻度は減っていた。
 シヴァもそれは同じようで、ルネに言葉遣いを何度も注意されつつ教えられたことは素直に聞き従っている。これで元暗殺者だなんて誰が気付くだろう。元々の教育も良かったのか、それくらい彼は自然とこの生活に馴染んでいる。
 まあ、女性ばかりの職場に幼い男の子が厳しくしつけられつつも順応しようと頑張っているのだ。悪く言う者は誰もいない。むしろ凄くちやほやされて可愛がられている。

 私達の関係はどうかと言われれば、まあ普通。相変わらず愛称では呼んでくれないけれど、気を許してくれたのか二人きりの時は飾らない素の言葉で話しかけてくれる。

「なんだよ? こっち見て」

 料理長からこっそりお菓子を貰ってきたシヴァが、一緒に食べようと誘ってくれた。お菓子を貰う時の料理長とのやり取りの時も、敬語で丁寧に接している。ずっと敬語で話しかけられるのは悪い気はしないが、元々一般市民でしかなかった私には荷が重い。シヴァの飾らない言葉が、私には有り難かった。

「これ以上はやらねぇからな」

 お菓子を欲しがっていると思われたのか、シヴァは慌てて最後の一つを口に入れる。

「ちがうよ。おかしじゃないもん」

 その慌てようが子供っぽくて、つい笑ってしまう。無表情で大人びた立ち振る舞いをするくせに、私の前ではこんなに年相応のことをしてくれる。それが嬉しくて堪らなかった。





 ***





「おまつり?」

 二週間も経てば、いかに広い屋敷とは言え見慣れてきて飽きてしまう。自由時間、少し退屈そうにしている私を気遣ってかシヴァはそんなことを教えてくれた。

「明日からやるんだってさ。向こうの大通りの広場で」

 今の季節は日本で言えば春にあたる。柔らかい日差しと暖かい気候。多くの花々が咲き乱れるのが特徴的なこの季節は、作物の収穫を願うお祭りや行事が盛んに行われているらしい。
 今回のお祭りもその一つで、二日間かけて広場を中心に多くの出し物や出店で賑わう。
今日はその前夜祭で、当日に出し物や出店をする側の人達が中心となって楽しめるよう用意されたお祭りだ。
 主催は地域を統括する貴族であるお父様。モンリーズ家の出資で飾り付けられた広場には様々な飲食物が用意され、音楽が奏でられて皆で踊り明かすのだそう。

「一応モンリーズ家の出資だし、出てっても悪くないんじゃねぇの?」

 そうシヴァに言われて、さっそく私は乳母にお伺いを立てることにした。



「ダメです」

 仕事中の乳母に声をかけて聞いてみれば、すぐに断られてしまう。

「でも、バルバラ!」

「ダメったらダメです! 前夜祭は暗くなってから。そんな遅い時間に子供が出歩くものではありません」

 必死に訴えるも却下されてしまう。確かに暗い時間に子供が起きているのは感心しない。でも、前夜祭くらいは子供も夜中まで起きて楽しんでるという。

「あしたのおまつりは?」

「欲しい物があったら私が代わりに買ってきますから」

 要するにお祭りには行かせてくれないわけだ。何故だか分からないが、その理不尽さについ頬を膨らませてしまう。貴族の令嬢だから仕方ないと分かっていても、そんな外出も許されないだなんて思ってもいなかった。

「ほんの一時間行くのも駄目なんですか?」

 隣で聞いていたシヴァが助け舟を出してくれるが、バルバラの意見は変わらない。
 結局これ以上仕事の邪魔はしてくれるなと、追い返されてしまった。

「バルバラのばか!」

「そんな言葉どこで覚えたんだよ」

 閉められてしまった扉を前に叫ぶと、シヴァの冷静な突込みが入る。確かに令嬢として褒められた言葉ではないかもしれないが、今くらいは言わせて欲しい。

「だって、おまつり……」

 文句を言いながら振り返ると、ふいに視界が暗くなる。ぽんぽんと優しく頭を撫でられ、驚いて動きが固まってしまった。私と目線を合わせるために少ししゃがんだシヴァが、こっそりと耳打ちをしてくる。

「夕食後に西の東屋な?」

 耳元で囁かれたその声がくすぐったくも嬉しくて顔が真っ赤になってしまったのは言うまでもない。

「……つれてってくれるの?」

 囁かれた方の耳を押さえつつ伺うと、いつかの様に唇の端を歪めてシヴァは笑った。
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