この夜の意味〜声にできない恋を隠したら、完全無欠な御曹司の本気スイッチ入りました〜(旧:RISKY〜不敵な御曹司との恋は避けるべき〜)
そうか、私はまた当たり前のようにここに戻ってくるのか。その事実を目の前の数字がありありと突きつけてくる。
「じゃあ、またね」
「はい……」
私は何て言葉を続ければいいかわからずに、ただそう空返事を返す。でも後ろは振り返れない。彼がどんな顔をしているのか大体は想像がつくから。
彼のマンションで暮らすために、自宅へ必要な荷物を取りに来た。この家で人生のほとんど過ごしてきて、1ヶ月も帰らなかったことなんて一度もない。
全面ガラス張りのマンションを見てきたあとだからか、普段は感じない引き戸の立て付けの悪ささえ、なぜか今日は気づいてしまう。
でも私の居場所はやっぱりこの家だ。この家がどこよりも一番落ち着く。かつては大家族に負けないくらい賑やかな声が響いていた食卓に、たくさん使った痕のある薄汚れた台所……。
そして私が、初めて自分の部屋を持てると飛び跳ねて喜んだ、畳6枚分の小さな和室。その隣には何年も開けることができずに、開かずの間となった寝室がある。
ここで父と私はいつも一緒に眠っていた。まだ父が深い夢を見ることになる前、彼のしっかりとした姿を見た最後の場所でもある。もうそれから何年も経っている。
でも嫌な予感が現実となって襲ってくる、あのときの恐怖が昨日のことのように思い出されて、やはり今日も引き戸を押す手がこわばってしまう。
今あの会社にいる人間はもう誰一人、父の存在を知らないことが悔しくてたまらない。だから、私がこれまでいくらあの会社の中で目を凝らしていたって、父の名誉を晴らす手立ては全く残っていなかった。
あのマンションにいると忘れそうになるが、私は別に彼の女になるために出会ったわけではない。すべては会社の存続が危ぶまれるほどの決定的な失態をこの目で見るためなのだから。
「ピンポーン」
そんな私を逃れられない記憶から逸らすように、招客の到着した合図がする。
「尚美…」
「待った?」
「ううん、無理言ってごめんね」
「急にしばらく家空けるとかいうんだもん。何?また張り込み?」
「まぁ、そんなとこかな」
「ふーん……」
尚美は私の唯一の親友であり、あの一件があった後も、たった一人そばから離れていかなかった。でも今の私はそんな彼女にも嘘をついている。「二十年ぶり」と言われたあの日以降、彼女の前で東条グループの話は一切していない。、彼女の前で東条グループの話は一切していない。だから前もって不自然な男物の紺のスーツから、白いブラウスにベージュのパンツスーツという、いつも通りの服装に着替えておいた。
尚美は私とは違って、恋愛経験がそれなりにある。今日もこのあと恋人と約束があるそうで、ブロンドカラーの毛先には緩くカールがかかり、新しく買ったという白色のロングワンピースを、ひらひらと揺らしながら嬉しそうに見せてきた。
彼の話をすると、必死に見ないふりをしているこの気持ちも、簡単に当てられてしまいそうな気がしてならなかった。
「尚美、一つ聞いていい?」
「何?」
「男の人って、どういうことされると好きになるんだろうね?」
ボソッと呟くように尋ねると、彼女は私の口からそういう話題が出たことにそれはもうひどく驚いたようで、黙々と荷造りする手がぴたりと止まった。
そして何やら感慨深そうにこう返す。
「そっかぁ。文乃にもついにそういうこと考える人、現れたかぁ」
ほら、やっぱり何年も一緒に過ごしてきた彼女にはどんなことも全てお見通しだ。私は逃げ切るように全力で否定を重ねる。
「違う、違う!私のことじゃなくて!」
「へえ~でも、やっぱり胃袋は鉄板じゃない?」
「胃袋…?」
「料理、教えようか?」
「だ!か!ら!」
「はい、はい。あんたじゃないんだよね」
胃袋か…元々料理は全くと言っていいほどできないし、この悲惨な醜態を晒せば彼もさすがに幻滅してくれるかもしれない。
「尚美…」
「ん?次は誰の話?」
「ありがとね…」
「っ…何よ、改まって」
そう言ってあたかも分かっていないようなふりをして、また尚美の手は動き出す。彼女はいつもこうだ。私が触れて欲しくないとガードをつくれば、無理に超えてこようとはしない。人に言えないことが多い私には、それが心底助かる。だから彼女のそばは、特別居心地がいいのかもしれない。
「じゃあ、またね」
「はい……」
私は何て言葉を続ければいいかわからずに、ただそう空返事を返す。でも後ろは振り返れない。彼がどんな顔をしているのか大体は想像がつくから。
彼のマンションで暮らすために、自宅へ必要な荷物を取りに来た。この家で人生のほとんど過ごしてきて、1ヶ月も帰らなかったことなんて一度もない。
全面ガラス張りのマンションを見てきたあとだからか、普段は感じない引き戸の立て付けの悪ささえ、なぜか今日は気づいてしまう。
でも私の居場所はやっぱりこの家だ。この家がどこよりも一番落ち着く。かつては大家族に負けないくらい賑やかな声が響いていた食卓に、たくさん使った痕のある薄汚れた台所……。
そして私が、初めて自分の部屋を持てると飛び跳ねて喜んだ、畳6枚分の小さな和室。その隣には何年も開けることができずに、開かずの間となった寝室がある。
ここで父と私はいつも一緒に眠っていた。まだ父が深い夢を見ることになる前、彼のしっかりとした姿を見た最後の場所でもある。もうそれから何年も経っている。
でも嫌な予感が現実となって襲ってくる、あのときの恐怖が昨日のことのように思い出されて、やはり今日も引き戸を押す手がこわばってしまう。
今あの会社にいる人間はもう誰一人、父の存在を知らないことが悔しくてたまらない。だから、私がこれまでいくらあの会社の中で目を凝らしていたって、父の名誉を晴らす手立ては全く残っていなかった。
あのマンションにいると忘れそうになるが、私は別に彼の女になるために出会ったわけではない。すべては会社の存続が危ぶまれるほどの決定的な失態をこの目で見るためなのだから。
「ピンポーン」
そんな私を逃れられない記憶から逸らすように、招客の到着した合図がする。
「尚美…」
「待った?」
「ううん、無理言ってごめんね」
「急にしばらく家空けるとかいうんだもん。何?また張り込み?」
「まぁ、そんなとこかな」
「ふーん……」
尚美は私の唯一の親友であり、あの一件があった後も、たった一人そばから離れていかなかった。でも今の私はそんな彼女にも嘘をついている。「二十年ぶり」と言われたあの日以降、彼女の前で東条グループの話は一切していない。、彼女の前で東条グループの話は一切していない。だから前もって不自然な男物の紺のスーツから、白いブラウスにベージュのパンツスーツという、いつも通りの服装に着替えておいた。
尚美は私とは違って、恋愛経験がそれなりにある。今日もこのあと恋人と約束があるそうで、ブロンドカラーの毛先には緩くカールがかかり、新しく買ったという白色のロングワンピースを、ひらひらと揺らしながら嬉しそうに見せてきた。
彼の話をすると、必死に見ないふりをしているこの気持ちも、簡単に当てられてしまいそうな気がしてならなかった。
「尚美、一つ聞いていい?」
「何?」
「男の人って、どういうことされると好きになるんだろうね?」
ボソッと呟くように尋ねると、彼女は私の口からそういう話題が出たことにそれはもうひどく驚いたようで、黙々と荷造りする手がぴたりと止まった。
そして何やら感慨深そうにこう返す。
「そっかぁ。文乃にもついにそういうこと考える人、現れたかぁ」
ほら、やっぱり何年も一緒に過ごしてきた彼女にはどんなことも全てお見通しだ。私は逃げ切るように全力で否定を重ねる。
「違う、違う!私のことじゃなくて!」
「へえ~でも、やっぱり胃袋は鉄板じゃない?」
「胃袋…?」
「料理、教えようか?」
「だ!か!ら!」
「はい、はい。あんたじゃないんだよね」
胃袋か…元々料理は全くと言っていいほどできないし、この悲惨な醜態を晒せば彼もさすがに幻滅してくれるかもしれない。
「尚美…」
「ん?次は誰の話?」
「ありがとね…」
「っ…何よ、改まって」
そう言ってあたかも分かっていないようなふりをして、また尚美の手は動き出す。彼女はいつもこうだ。私が触れて欲しくないとガードをつくれば、無理に超えてこようとはしない。人に言えないことが多い私には、それが心底助かる。だから彼女のそばは、特別居心地がいいのかもしれない。