この夜の意味〜声にできない恋を隠したら、完全無欠な御曹司の本気スイッチ入りました〜(旧:RISKY〜不敵な御曹司との恋は避けるべき〜)
「だから、待ってくださいって……」

「良いじゃないか。お前のものは、私のものでもあるんだから…」

社長と誰かが言い争う声が、次第にはっきりと近づいてくる。

もしかして…と私の脳内に悪い予感が埋め尽くし、どこかに隠れようと立ち上がるが、不要なものなどないすっきりとしたこの部屋にはそんな場所などあるはずもなかった。

「先代、本当にこういうことはやめてくれませんか」

その一言で私は悪い予感を現実だと認めざるを得なくなってしまう。そばにある現実を受け止めなければいけないのは分かっている。

でもどうやっても止まらない手の震えが、私に背を向けさせる。いくら背を向けたとて、今の彼にはそんな自分の中に眠る弱さをも簡単に見透かされてしまうのに。

「文乃?何かあった?」

月日の流れを感じても、男の声が持つ物々しさは何も変わらない。彼はこちらを気にかけるように話しかけてくれているが、何度も心の中で憎んできた、その声は私の時間さえも止めた。

そして、やはりその男の矛先は、見覚えのない私に向けられる。

「君は、誰だね?」

そうだ。きっと、私のことなんて知りもしないはず。いっそのこと、こちらも何も知らないように堂々と振る舞って、自ら名乗り出た方が怪しまれないだろうと、苦し紛れに父子の会話に割って入る。

「あの…!」

「望月文乃さんだよ」

でも彼は、向けられた攻撃から守るように、私の言葉にそう被せてきた。まるで隠す必要なんて何もないと見せつけるように、はっきりとした声で…。

東条太郎はその名前を聞くと、こちらをまるで忌まわしいものを見るような目で睨んでくる。いつの日か父さんは、私のことを話したりでもしたんだろうか。

でも別に今となっては、正体を知られたってなんとも思わない。それで全ての計画が台無しなってしまうわけでもないのだから。ただ元の日常に戻り、また遠くからジリジリと追い詰めていけばいいだけの話だ。

私がこのとき一番恐れていたのは、隣にいるその人に、私たちを繋いでいたものが「復讐」なのだと知られることだった。そんなことを知られてしまえば、温かくて幸せだった、彼との尊い日常さえ嘘になってしまうから。

だから私はあの夜、父を言い訳にしつつ、無謀な条件を容易く飲んでみせたんだ。あのときから本心は、こんなにも離れがたいと叫んでいたのに。

「もう一度言ってみなさい。この女が望月…文乃だと?」

私は父にも、そして目の前の彼にも顔向けできない。情けなさや申し訳なさが一気に押し寄せてきて、その屈辱に耐えきれずに彼の部屋から勢いよく飛び出してしまう。

あの男を前にして、真っ先に恐れたのがこの日々を汚したくないなんて。いつから手放したくないものがこんなにも増えてしまったんだろう。
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