この夜の意味〜声にできない恋を隠したら、完全無欠な御曹司の本気スイッチ入りました〜(旧:RISKY〜不敵な御曹司との恋は避けるべき〜)
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。右手方向より本日の主役である、東条宗高ならびに北里麗花様がご登壇されます」

宗高が個人的に開いた釈明会見の時とは違い、この婚約会見は会社挙げての大々的なものだった。だから進行席にはいつも後ろに連れていた村上くんではなく、初めて見る顔の広報担当者らしき人物が立っている。

はっきり今から見せられる現実を言葉にされると、彼は本当に遠くへ行ってしまうんだと、その現実から俯いて目を逸らしたくなる。

恐らく彼らが我々の前に姿を現したんだろう。二人の姿を捉えようと一斉にカメラが掲げられる音は聞こえるが、なぜかその後にシャッターを切る音が続かない。

よく壇上を見ると、そこには表情の消えた彼が改まった黒のスーツに身を包み、たった一人で立っている。しかも、初めて会ったあのときみたいな涼しさはなく、額からは汗がきらりと光っていた。そして隣には花嫁となるはずの女性の姿もない。おめでたい雰囲気から会場は一気にザワザワとしだして、大きな混乱に包まれる。

「社長、なぜ一人なんですか!」
「北里麗花はどこにいるんですか!」

彼は目の前に群がるカメラをまっすぐと見つめながら、スタンドマイクからマイクだけをわざわざ抜き取り、何か決意をするように大きく息を吸う。

彼は一体、何をするつもりなのだろう……。一緒に過ごしたことで少しは彼のことを分かったつもりでいたが、また出会ったときみたいに彼のすべてが分からなくなっている。

「婚約会見は……行いません」

「はぁ?おかしいでしょ!ここまで来た我々をなんだと思ってるんです!」

一人の記者が詰め寄ると、我も我もと続くように不満の声が飛び交う。彼は何も言わず、ただただその声を受け止めていた。そうだ。誰からも好かれる、人当たりの良さを持つ彼なら、きっとこの場も滞りなく収めてくれる。私もそう強く信じていた。

でもしばらくするとマイクを握りしめる力が一層強くなり、彼の中でもう限界はとっくに超えているのだと、容易に想像できた。

「この婚約は!」

飛び交う言葉たちを吹き飛ばすほどの力でこう叫び、場内は先ほどまでの騒然とした空気が嘘のように一気に静まり返った。

そして今度は気持ちを落ち着けるように、口を窄めながら息をゆっくりと吐き、ギュッと閉じた目をぱちりと開く。

「この婚約は、僕の意思ではなく、すべて先代が独断で進めていたものです。すでにお相手にも直接謝罪を申し上げています」

彼はその言葉がいかに自分の首を絞めるものか、分かっていないのだろうか。やはり記者たちも、先代ならまだしも若き社長の怒りは怖くもなんともないようで、その言葉を黙って見過ごさずにはいなかった。

「そうやって、お父様の脛をかじってずっと生きてこられたんですか?」
「これだから二世は……あなたの力はぜんぶお父様のものなんですね」

待って…何で彼が矢面に立っているの?それは、私が背負うべきもので、彼が背負うものではないはずなのに……。

何も知らない人たちが、彼を攻撃しているのは私にはどうしても耐えられなかった。でも当の本人は何か毒が抜けたような、清々しい顔で言葉の刃を飲み込んでいる。

「ええ…おっしゃるとおりです。これまで僕はずっとそうやって生きてきました」

今、私の手元には東条太郎を今すぐにでも闇に葬り去る道具がこんなにあるのに……それが手元にある意味を容易く捨てて、目の前の彼を救い出すために使えないかと、ずっとそればかり考えている。

そうだ。目の前で彼が困っていれば、所詮、私は真っ先に彼を助けてしまう。私は父と同じくらい、彼も大切で大切で仕方ないのだ。彼に未練がある、未練しかないのだから。

「あのっ!」
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