わたしを生かしたリリィへ
わたしが汚い世の中に生まれ落ちたのは、7月16日、午前2時34分の事でした。
母は、自宅でわたしを産みました。母は大量出血で死にそうになりましたが、父のおかげでなんとか生き残りました。
わたしは、わたしという名前でした。というより、名前を与えられなかったので、母が「わたし」と言っているのを真似して、自分のことを「わたし」と呼ぶようになりました。
それが一人称ということは知りませんでしたが、わたしは「わたし」という名前があって、とても嬉しく感じました。
わたしは、水とパン一切れを食べて生活していました。
今思うと、ただ必要最低限の物を使って、生かされていたのかもしれません。
父と母の食べ物は毎日変わるけれど、わたしの食べ物は毎日変わりませんでした。わたしはそれを、あまり不思議には思いませんでした。
なぜなら、それが普通だと思っていたからです。わたしは水と小さなパン一切れを身体に取り込み、父と母は他の食べ物を取り込む人だと思っていたのです。
わたしはパンをおいしいと思いました。口の中で広がるなんとも言えない甘さが、好きでした。
ただ、食べたあとは、口や喉の奥が痒くなったり、お腹が少し変な感じがしました。味はとってもおいしいのに、なぜだろうとわたしは感じました。
母は、自宅でわたしを産みました。母は大量出血で死にそうになりましたが、父のおかげでなんとか生き残りました。
わたしは、わたしという名前でした。というより、名前を与えられなかったので、母が「わたし」と言っているのを真似して、自分のことを「わたし」と呼ぶようになりました。
それが一人称ということは知りませんでしたが、わたしは「わたし」という名前があって、とても嬉しく感じました。
わたしは、水とパン一切れを食べて生活していました。
今思うと、ただ必要最低限の物を使って、生かされていたのかもしれません。
父と母の食べ物は毎日変わるけれど、わたしの食べ物は毎日変わりませんでした。わたしはそれを、あまり不思議には思いませんでした。
なぜなら、それが普通だと思っていたからです。わたしは水と小さなパン一切れを身体に取り込み、父と母は他の食べ物を取り込む人だと思っていたのです。
わたしはパンをおいしいと思いました。口の中で広がるなんとも言えない甘さが、好きでした。
ただ、食べたあとは、口や喉の奥が痒くなったり、お腹が少し変な感じがしました。味はとってもおいしいのに、なぜだろうとわたしは感じました。