側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
 イリアは居ても立ってもいられず、日が暮れるとすぐに、フェイランの寝室を訪ねていた。

 扉を叩いても返事はない。けれど、それにも慣れてしまっていた。

 そっと扉を開くと、ソファーにもたれるフェイランの横顔が見えた。手には公文書を握り、目を閉じている。テーブルの上には公文書の束がある。ほんの少し、休息を取っているのだろう。

 イリアはそっと部屋の中へと入る。ランプに明かりを灯し、今にもフェイランの手からするりと落ちてしまいそうな公文書をつかんだとき、彼のまつげがかすかに揺れた。

 起こしてしまっただろうか。身を引こうとして、イリアはハッと息を飲む。

 フェイランは泣いているようだった。涙を見せず、つらそうにまぶたを震わせている。悪夢を見ているのかもしれない。

 はやく彼を救い出したい。その思いが胸にこみ上げ、とっさにイリアは呼びかけていた。

「……陛下」

 フェイランがびくりと顔をあげる。その瞳に、痛みを隠すかのような動揺が走った。

「申し訳ございません……。あまりにも……おつらそうで、つい……」

 イリアの声は震えていた。とんでもない無礼を働いたのではないか。いくら優しいフェイランといえども、踏み込まれたくない領域を侵したのではと、ひるんだ。

 フェイランは目を伏せ、長く息を吐く。灯りの揺らめきの中で、その横顔はひどく儚げに見えた。

「この国は……私を選んだわけではない」
「陛下……」

 イリアは否定するように小さく首を振るが、彼は小さな声でつぶやくように言った。

「死んだ兄の代わりに、私はここにいるだけなのだ。国の形を保つためだけに、私は王という称号を与えられた」

 その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。

 イリアは胸の前で手を握った。どんななぐさめの言葉も見つからなかった。ただ、彼の孤独を見てしまった痛みだけが胸に残る。

「……もし、ほんの少しでもお心が楽になるなら、私に聞かせてください」

 フェイランの目はうつろだった。しかし、一度まばたきをすると、正気に返ったような輝きが浮かんだ。

「あなたに背負わせるものはない」

 その声音には、優しさとあきらめが混じり合っていた。

 彼は公文書をテーブルの上に戻すと、ゆっくりと立ち上がり、いつものように奥にあるベッドへとひとり向かった。

 イリアはそれ以上何も言えず、黙ってあとを追った。
< 13 / 19 >

この作品をシェア

pagetop