側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません



 夜になると灯りが次々と消え、王宮内は一段と冷えた。月も雲に隠れ、エルザの掲げるランプの灯りだけを頼りに、イリアは階段を昇った。

 ローブの下には、驚くほどに薄っぺらいリネンドレスしか身につけていなかった。夜更けに陛下の部屋を訪ねるのに豪華なドレスは必要ないと言われている気がして、胸がドクドクと音を立てている。

──世継ぎを産んだら、子を置いて去れ。

 リゼットの言葉が耳の奥で何度も反響する。そのたびに、心が締めつけられた。

 どんな理由であれ、側妃になる道を選んだのは自分だ。それならせめて、言いなりのままではなく、彼と向き合いたいと思っていた。

 しかし、こうしていざ、陛下の寝室を目の前にすると、そんなことはどうでもよく、今夜起きることに対する不安しかなくなっていた。

「イリア様、どうぞ中へお進みください。私はこちらでお待ちしております」

 今日一日、エルザと過ごしたが、彼女はずっと冷淡だった。今もそうであるにもかかわらず、いてくれるのだと思うだけで心強かった。それだけで、想像以上に自分は不安になっていたのだとわかった。

「……朝まで、来なくていいわ」

 イリアは強がるように胸を張った。側妃としてのつとめは必ず果たさなければならない。陛下に拒まれたなどという不名誉で、侍女に軽んじられることは、決してあってはいけなかった。

 エルザは感情を悟らせない表情のまま、一礼して身を引いた。小さなランプの灯りが遠ざかる。

 真っ暗闇に取り残されてしまいそうで、イリアは急いで扉をノックした。

 重厚な扉はびくりともせず、ノックの音は夜気に吸い込まれていく。

 すべての音が自身の息づかいでかき消されているのではないか。不安になるほどの静寂の中に、ようやくかすかな音が聞こえた。

「……入れ」

 フェイランの声だと安心すると同時に、緊張が込み上げた。しかし、逃げ出すわけにはいかない。

 イリアは静かに扉を押し開けた。

 部屋の中には、香の匂いが満ちていた。フェイランも休むところだったのだろう。長い髪を一つに束ね、金糸のローブを羽織っていた。

 彼はイリアを見ても、表情ひとつ変えなかった。新しい妃が訪れることはわかっていたようだった。

 沈黙に耐えかねて、イリアは声を絞り出す。

「陛下……、お話をしたくて参りました」
< 8 / 19 >

この作品をシェア

pagetop