リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜

 フランクが頷くと、一行はテオを先頭に教会へ入る。
 案内された一室には真新しい棺が置かれており、シスターが傍に立ったまま待っていた。引き取りにいくことを事前に伝えてあった事もあって、このまま馬車に乗せられるようにしてくれたらしい。
 テオが目配りをすると、シスターが棺の蓋を開ける。

 そこには、痛々しい傷が顔に大きく入ったリシェル・ベッカーが横たわっていた。亜麻色の髪は艶がなく、翡翠のような美しい瞳は固く閉ざされている。腕や肩は擦り傷だけでなく、打撲の青あざが広範囲に広がり変色していた。それでも顔色がよく見えるのは、シスターが処理を施したからだろう。
 フランクは思わず口元を抑えて嗚咽をこぼした。最初は悲しむ素振りをしようとしたが、あまりにも惨い姪の姿を見て耐え切れなかった。一歩後ろに下がっていた家令は、顔を手で覆い隠して震えている。

「リシェルが……リシェルがこんな姿、に……!」

 フランクが逸らした視界の先にいたベンジャミンは、目を輝かせ、「美しい……」と小さく呟いた。
 顔に大きな傷があっても、もう二度と目を覚まさないとわかっていても、白い死装束をまとったリシェルは美しかった。それはまるで芸術のようで、触れたいと思ってしまうのも無理はない。フランクはそれを気味が悪いと一蹴したが。

「リシェル嬢が発見された場所で、このような花が散乱していました。ボロボロになってしまっていますが……心当たりはありませんか」

 そう言ってテオは、脇に置いていた小さな木箱を開いて見せる。
 中にはカスミソウを中心に小さな花が折れており、包装していたであろう布とリボンも破れ、汚れていた。他にも雑草が混じる一方で、フランクのは赤い花弁に目を留めた。薔薇のように厚みのある花弁だが、花束に合わせるにはやや派手な印象だ。

「……姪が落ちた場所は以前、弟夫婦が事故を起こした場所です。もしかしたら、両親の最後の地に立ち寄ろうとしたのではないでしょうか」
「なるほど、花を手向けようとした矢先での事故……」

 テオは少し考え込んでいたが、三人の様子を見てシスターに棺の蓋を閉めるように言った。

「これ以上はお辛いでしょう。別室へ移動しましょうか。葬儀の手配を含めてご相談させてください」
「葬儀……いや、ここまで大事にするつもりは……」
「リシェル嬢はルーカス殿下のご学友。さらに王国発展のために大きく貢献していただいた貴重な存在です。国民の中には、説明を求める者も出てくることでしょう。そしてこれは、アルカディア王国、国王陛下直々のご命令でもあります」
「陛下まで……!?」

 冷静を取り戻しながら、フランクは眉をひそめる。いくら国に貢献したとはいえ、王太子と同級生だった程度の関係でここまで王族が関わってくるものだろうか。

(国王陛下も何を考えているんだ? そんなにリシェルを気に入っていたのなら、第一王子の婚約者に選べばよかったのに。そうすればこちらだって、ずっと下で足掻いている必要はなかった!)

 とはいえ、リシェルとベンジャミンが婚約した頃、ルーカスはすでに幼少期からの付き合いである公爵令嬢との婚姻が決まっていた。今さらどうすることもできない。

(待てよ? ここで素直に従っておけば、今後は王家とも取引できるのでは……?)

 フランクは昔から自分の利益に繋げることが得意だ。この状況をいかに利用して自分の手のひらで踊らせようかと、思考が瞬時に切り替わる。すでにリシェルのことなど頭からすっかり抜けていた。

「わかりました。陛下、そしてルーカス王太子殿下の恩情に感謝いたします。ご令息、よろしいですか」
「へ? ……あ、ああ。そうですね。きっとリシェルも喜ぶでしょう」

 棺が閉められた後もうっとりと見つめていたベンジャミンがハッとして同意する。
 この男は美しければなんでもいいのか、とベンジャミンの表情にテオが怪訝そうな顔をしたが、モノクルを直しながら「かしこまりました」と続ける。

「それでは、戻ってすぐ手配ができるようにします。……棺の蓋は、葬儀の際も閉じたままでのお別れがよろしいかと」
「そう……だな」

 こんな惨いものを見るのは我々だけで充分だ。
 フランクがそう呟くと、皆が同情するように目を伏せた。
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