リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
◇
(――ああ、駄目だ。腹が立つ)
ベンジャミンはカードを机の上に放り投げるとソファに寝転んだ。貴族がだらしないと言われるだろうが、今この部屋にいるのは自分だけ。ベンジャミンの自由だ。
ふと思い出した過去の記憶が、今になって苛立ちがこみ上げてくる。
ベンジャミンはあの日から、ますますリシェルの笑みが大嫌いになった。それからは会う機会を極限まで減らし、エミリとは外で待ち合わせてデートをする。屋敷ですれ違っただけで溜息を吐いた。
「すべてを知っている、か……何のことだろう」
小さく口に出してみるが、思い当たる節はない。単に自分が忘れるほど些細なことかもしれない。
(エミリだけをかまってきたことに対しての嫉妬だろうか。だとしたら、随分重い女だな。恥ずかしがらず、言ってくれればよかったのに)
しばらく考えるのはよそう。そう目を閉じようとしたところで、部屋のドアがノックされた。
聞こえてきた声は執事のもので、エミリが来たらしい。通すように告げると「ベンジャミン様ぁ!」と甘ったるい声色とともに明るい笑顔の想い人がやってきた。
今日はエメラルドの指輪が目立つよう、黄色のドレスでまとめている。どこかで見た覚えがある指輪だったが、領地運営について叩き込まれたばかりのベンジャミンの頭はそこまで機能していない。ただ今日もエミリは可愛らしいなとは思った。
「ベンジャミン様、顔色が悪いようですね。どこか具合でも?」
「いや、疲れているだけだよ。それよりエミリは何かあったのかい?」
「来週に結婚式の打合わせを入れましたので、そのご報告をしに参りましたの」
「……? それだけなら、使用人に言伝を頼めばよかったのでは?」
「ええ。でもベンジャミン様に会いたかったので来てしまいました。お休みのところをお邪魔してしまってすみません」
「エミリ……!」
健気で申し訳なさそうに眉を下げるエミリを、ベンジャミンは引き寄せて抱きしめた。ふわりと花のような香りが、沈んでいたベンジャミンの気分を上げてくれる。
(ああ、やっぱり僕の癒やしはエミリだけだ!)
ベンジャミンの腕の中で嬉しそうに笑うエミリは、抱きしめ返しながら彼の胸に擦り寄った。