リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
ベンジャミンとの婚約は、リシェルの葬式から二週間後に公になった。いくら何でも早すぎるという声も一定数上がったが、生前からリシェル本人から婚約解消の申し出があったこと。そしてこれからも結束して困難を乗り越えていこうという、フランクの嘘と真実を入り混じった謳い文句により、批判する者を半ば強制的に抑え込んだ。エミリの妊娠についても緻密に計算された上での公表だった。
それはテオも知っていたようで「そうですか」と一蹴して、先程まで目を通していた紙の束をテーブルに広げた。ところどころ破れていたり、汚れて文字が見えなくなっていたりしている。
「知りたいのは、リシェル嬢がアルカディアを出る数日間の行動についてです。婚約者の……いえ、元婚約者であるギルバート公爵家が管理する領地、特に山側に近い地域がここ数年では珍しい大雨により被害が大きかったと聞いています。彼女が勤める王立図書館で確認したところ、直前まで領地の資料を読み漁っていたそうです。そしてこれは、事故現場の壊れた馬車の中で見つかった資料の一部になります」
「これが……」
エミリはそれを一枚、手に取ってじっくり見入った。確かにリシェルの筆跡で『ギルバート』『大雨』『土地』といった文字が読み取れる。
(そういえばあの日持っていたトランクの中身はこれだったのかしら)
リシェルが事故に遭う三日前――本当に婚約破棄を告げた日のことだ。連日図書館でなにをしていたのかなど知る由もないが、ギルバート公爵邸に現れたリシェルはトランクを持っていた。もしかしたら、すでに改善案を見つけ、領地経営に役立てようとしていたのではないか。
(軽率に婚約破棄を叩きつけたのは不味かったかもしれない……その資料さえあれば、ベンジャミン様は今頃、お金のことでピリピリしていなかったのに!)
その切れ端には単語がいくつか読めるだけで、具体的なことは書かれていない。他の資料も同様に文字が滲んで読めなくなっていた。
「山側は天候が変わりやすい場所と聞いていたけど、数時間でも雨が降ったのかしら。トランクに入っていたはずなのに、こんなにぼろぼろになるなんて……」
「どうしてこの紙がトランクに入っていたとわかるのですか?」
「事故に遭う三日前に、ギルバート公爵邸でお話していたのです。お姉様がベンジャミン様を怒らせてしまったのでよく覚えています。その時もトランクを持っていたので、ベッカー邸には戻らず、そのまま約束の場所へ向かわれたのだと思います」
「滞在時間は? あなたもギルバート邸にいたのですよね?」
「さぁ……一時間もなかったかと。あの日はお姉様達の婚約白紙が決まったというお話だけでしたので」
そこまで話すと、テオは考え込むように視線を逸らした。
エミリは父のように口は達者なほうではないと自負している。だから時系列が間違っていないか、内心ハラハラしながらテオの様子を伺っていた。
しばらく沈黙が続くと、ようやくテオが顔を上げた。
「わかりました。ご協力ありがとうございました」
「あら、もうよろしいのですか?」
「ええ。本業にも戻らなければなりませんので」
それはテオも知っていたようで「そうですか」と一蹴して、先程まで目を通していた紙の束をテーブルに広げた。ところどころ破れていたり、汚れて文字が見えなくなっていたりしている。
「知りたいのは、リシェル嬢がアルカディアを出る数日間の行動についてです。婚約者の……いえ、元婚約者であるギルバート公爵家が管理する領地、特に山側に近い地域がここ数年では珍しい大雨により被害が大きかったと聞いています。彼女が勤める王立図書館で確認したところ、直前まで領地の資料を読み漁っていたそうです。そしてこれは、事故現場の壊れた馬車の中で見つかった資料の一部になります」
「これが……」
エミリはそれを一枚、手に取ってじっくり見入った。確かにリシェルの筆跡で『ギルバート』『大雨』『土地』といった文字が読み取れる。
(そういえばあの日持っていたトランクの中身はこれだったのかしら)
リシェルが事故に遭う三日前――本当に婚約破棄を告げた日のことだ。連日図書館でなにをしていたのかなど知る由もないが、ギルバート公爵邸に現れたリシェルはトランクを持っていた。もしかしたら、すでに改善案を見つけ、領地経営に役立てようとしていたのではないか。
(軽率に婚約破棄を叩きつけたのは不味かったかもしれない……その資料さえあれば、ベンジャミン様は今頃、お金のことでピリピリしていなかったのに!)
その切れ端には単語がいくつか読めるだけで、具体的なことは書かれていない。他の資料も同様に文字が滲んで読めなくなっていた。
「山側は天候が変わりやすい場所と聞いていたけど、数時間でも雨が降ったのかしら。トランクに入っていたはずなのに、こんなにぼろぼろになるなんて……」
「どうしてこの紙がトランクに入っていたとわかるのですか?」
「事故に遭う三日前に、ギルバート公爵邸でお話していたのです。お姉様がベンジャミン様を怒らせてしまったのでよく覚えています。その時もトランクを持っていたので、ベッカー邸には戻らず、そのまま約束の場所へ向かわれたのだと思います」
「滞在時間は? あなたもギルバート邸にいたのですよね?」
「さぁ……一時間もなかったかと。あの日はお姉様達の婚約白紙が決まったというお話だけでしたので」
そこまで話すと、テオは考え込むように視線を逸らした。
エミリは父のように口は達者なほうではないと自負している。だから時系列が間違っていないか、内心ハラハラしながらテオの様子を伺っていた。
しばらく沈黙が続くと、ようやくテオが顔を上げた。
「わかりました。ご協力ありがとうございました」
「あら、もうよろしいのですか?」
「ええ。本業にも戻らなければなりませんので」