リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
リシェルの情報を聞き出すどころか、逆に自分の最悪な印象がすでに植え付けられてしまっている。気にしすぎかもしれないが、ベンジャミンとエミリの周囲から人が避けているようにも見えた。
婚約破棄の件も流産の件も、知っているのはベンジャミンと両親だけだ。フランクは城から未だ戻ってきていないから、情報が漏れることはない。
そこでふと、エミリの側にいた従者のレオニスを思い出した。彼は妊娠が嘘だったことを明かされた日以来、姿を見せていない。
(もしかして、王家の密偵だったとか!? あいつ、顔だけは僕と同じくらい整っているから、取っ替え引っ替えしている愛人にポロッと言っちゃったんだ!)
そう考えれば、すべてのことに納得できる。レオニスとまともに話したことなんてないけれど。
遠くの方では、両親が今まで懇意にしていた貴族と良い雰囲気で談笑している。同じギルバート家なのに、どうしてここまで扱いに差があるのか。本来であれば楽しむ場のはずなのに、ベンジャミンとエミリは居心地の悪さを覚えた。
「な、なんなんだよ、これじゃあ弱い者いじめじゃないか。僕はギルバート公爵家の次期当主なのに……!」
「……私、穢らわしいと言われてしまいました」
「え?」
エミリは両目からあふれる涙を流したまま、ベンジャミンの袖をつまみながらふくれっ面で問う。
「好きな人と結ばれただけなのに、どうしてそんなことを言われなきゃいけないんですの……? あのリシェルだって喜んで祝福してくれましたわ。私はただ、好きなもの同士で幸せになりたいだけなのに……」
「ああ、エミリ……僕だって同じ思いだよ」
最近のエミリは精神的に弱っていることもあり、少しでも痛いところを突かれると子どものようにぐずり始めてしまう。その度にベンジャミンが同情し、肯定してあげることでなんとか場を収めているが、公の場では可哀想な悲劇のヒロインばりの泣き落としに磨きがかかってくる。
ベンジャミンはいつしかそれが面倒になってきて、以前はあんなにも愛おしいと思っていたはずのエミリが鬱陶しく感じるようになった。
(どうしてこうなったんだろう。僕はエミリもリシェルも愛したいだけなのになぁ)
エミリの心を不安定にさせるつもりはなかった。
ギルバート家の名に泥を塗るつもりなんてなかった。
リシェルをただの無能な令嬢だとなじるつもりなんてなかった。
(僕は何も悪くないのに、どうして皆、僕の元から離れていくんだろう)
エミリをなだめるために壁際にやってくると、奥の方からわあっと歓声が湧いた。どうやら主催者であるルーカス王太子とその婚約者の公爵令嬢が入場したらしい。青と白を基調とした正装姿のふたりは、幸せそうに微笑んでいる。今のベンジャミンには、それが眩しく思えてしまう。