リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
「ベンジャミン・ギルバートが持っていたキャンディです。しかし、彼はキャンディについて何も知らなかった。だからもう一人を探し出し、先程ようやく自供しました。あなたもご存知ですよね、レオニスという従者を」
レオニスは、長年勤めてきた使用人達がベッカー邸を去る少し前にエミリが雇った使用人の一人だ。ベンジャミンにも劣らない端正な容姿はエミリ好みで即決だったと聞く。
当時のフランクは使えれば誰でもいいと言って、エミリの判断にすべて委ねていた。使用人の情報など、書面上だけで充分だったから。
「レオニス・ランデル――彼はあなたが取引をしていた闇商会のひとつ、セルペンテ商会の工作員でした」
セルペンテ商会は主に他国の食品を取り扱う輸入業で生計を立てているが、調べてみると裏では国内で禁止とされている薬物の密輸をしていたことがわかった。
そのうちの一つ、ソクラ草を使った薬物キャンディを作ったところ、想像以上の大金を手にした彼らは、今度は上流階級の貴族にも薬物キャンディを売りつけようと計画。そこで、言葉を巧みに操るフランクに取り入り、最終的にはベッカー家を乗っ取るつもりだった。使用人に扮して近づき、エミリに取り入ったのも、フランクに商会を引き入れるためだったという。
気付かれる前にアルカディアを離れようとしたものの、潜伏先で騎士団に捕らえられたレオニスは悔しそうにその場で泣き叫んだらしい。
「……俺が、騙されただと?」
「あなたという人がありながら、なんてざまでしょう。先代も嘆き悲しんでいるのでは?」
テオの煽りを聞き入れる余裕はなく、フランクは頭を抱えた。
あれだけ自信があった交渉力を逆手に取られ、娘だけでなく実家までも自らの手で葬ろうとしていたなど、想像できただろうか。
「エミリは……あの子は、無事なのか……?」
「彼女は今、医師の元で安静にしています。過剰摂取による暴走はいつまた再発するかわかりません。この先も苦しめられることでしょう」
「そんな……それにしても、まさかギルバートの子息も持っていたとは……」
「ベンジャミンはこれを、エミリ嬢の癇癪が収まらない時のためにとレオニスから渡されたそうです。安全性を確かめるために、と実際に口にしたそうですが、彼はエミリ嬢のような反応は起きていませんでした」
「反応がない……? では、なぜエミリだけ」
「エミリ嬢だけ、というより、彼の持つ魔法に救われた、というべきでしょうか」
ベンジャミンの持つ「品質を保つ魔法」は、自身の判断でかけることが可能だが、ベンジャミンはそれを常時自分に対して使用していた。長時間の馬車旅でも肌艶が変わらないのはそのためだったのだ。
魔法を使い続けるためには、魔力はいつも一定に流し続け、保持していなければならない。しかし、キャンディに含まれた魔力が外部から取り込まれると、そのまま吸収され、偶然とはいえ見事な循環サイクルが完成されていたのだ。