リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
「今後、エミリ嬢は治療のために医療施設に入院させることになりました。その後のことはアルカディアの判断になります。グランヴィルとしては、即処刑でも構わなかったのですが……リシェル・ベッカーに免じて任せることにしました。あなたを始めとする周囲の傲慢が、ベッカー家を終わらせたことは、グランヴィルにとっても痛手ですがね」
淡々と告げるテオの前で、フランクは震える拳をテーブルに叩きつけた。
「俺がベッカー家を、終わらせた……? ふざけるな、俺がいないところで勝手に動いた低能どもが、俺のベッカー家を終わらせたんだ! 俺がいればこんなことにはならなかった!」
「……自身の非を認める気はない、と」
「当たり前だ。いくら娘でも使い物にならなければ切り捨てるのみ!」
「そうやって、気に入らないものは自分の弟でも捨てたのか」
一段と低い声色で告げたテオに、フランクは反射的に立ち上がった。彼の気迫のあまり脂汗が溢れ、手元は小さく震えた。
「な、なんのことだ……? 弟は、ハンクは事故だと判断された。俺のせいじゃない、俺のせいじゃ……!」
ハンク・ベッカーならびに妻のオリビアが命を落とした馬車事故は、車輪を留めていた金具の中央がさびついていたことに気付かなかった点検ミスが原因だとされている。事故があった時期にはすでにフランクは実家を勘当され、近寄ることすら許されていなかった。そんな彼に犯行は不可能だ。
しかし、テオは「いいえ」と首を横に振った。
「あなたはベッカー邸に出入りしていたではありませんか。使用人の一人に借金をちらつかせて侵入し、従者の格好で馬車にある細工を仕込んだ。現に弟夫婦がグランヴィルに向かったその日に、使用人は辞職し、姿をくらませている。偶然と呼ぶには随分と周到な準備をしているとは思いませんか」
「なにをふざけたことを……誰か目撃した者がいるとでも?」
「いたんですよ。あなたも知っている人物です」
薄ら笑みを浮かべたテオを見て、フランクの脳裏にある少女の姿がよぎった。途端に青ざめたフランクに向かって、テオが静かに告げる。
「当時十歳のリシェル・ベッカーが、あなたと従者とのやり取りを見ていました。彼女はこれを不慮の事故ではなく、意図的に仕向けられた事件として、今まで調べてきたんですよ。証拠が必要なら、こちらはいかがですか、『サム』」
そう言ってテオが見せてきたのは、発芽したばかりの植物の抜け殻だった。