リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
 ◇

 ――今から九年前のこと、フランクは勘当されてから数年ぶりにひっそりと実家にやってきた。
 屋敷全体がなんとなく温かな雰囲気に包まれているように思えたのは、月日が流れたからだろうか。自分がいた頃は空気がギスギスしていた。家族の仲が悪かったわけではない。ただ、一方的にフランクが一線を引いていただけで、両親やハンクと言葉を交わすことも、同じ空間にいることさえも嫌になっていた。夜会で子爵令嬢と過ちを犯したのだって、家族に対する反抗だったのかもしれない。

 庭ではハンクとオリビアがガゼボでお茶を嗜みながら、子犬と戯れる姪の姿が見受けられた。幸せそうな家族のワンシーンに、フランクは吐き気さえも催した。
 それでも当初の目的は忘れていない。

(ハンクがいなかったら、あの場には俺がいたかもしれないんだ……!)

 これは反逆の狼煙だ。宣戦布告だ。
 近くの窓ガラスに写った自分の姿は、魔道具によって顔や髪色を変え、使用人の一人に近い容姿でまとめている。見つかってもすぐには怪しまれないだろう。コートのポケットに入れた小瓶を確かめると、フランクは裏口から回って馬小屋に向かった。

 馬車や馬は本邸から離れた場所で管理されていた。防犯意識がいくらあっても、この家で生まれ育ったフランクには抜け道などお手の物だった。
 馬車置き場にやってくると、使用人の一人が待っていた。フランクがまだ実家に住んでいた頃から働いており、フランクが彼の借金を肩代わりしたことがあって以来、実家の内情を探らせてきた。その罪悪感からか、会うたびに困り眉がどんどん下がっている。

『フランク様、本気ですか……?』
『今さら怖気ついたか? 俺をここに入れた時点でお前も共犯だ。もう逃げられんぞ』

 いそいそと馬車の車輪に近づくと、フランクは小瓶を取り出す。中には小さな種のようなものが入っていた。それを見た使用人は、一気に顔を青ざめた。
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