必要悪の公女さま


 私と伯父ルドガーとの間に亀裂が生じてしまったのは、伯父の最愛であったリリアーナ夫人の死にある。

 私の実父はヴェルセルグ魔公爵家の三男であり、伯父ルドガーの双子の弟という立場にあった。
 しかし実父はヴェルセルグという国民から嫌悪される家門に嫌気がさし、若くしてヴェルセルグを出ていったという。

 それからまもなくして出会った女性と子をもうけ、私が生まれた。
 黒曜の髪と柘榴の瞳を宿したヴェルセルグの血が色濃く出た赤子に、実父は絶望したのかもしれない。忌まわしき血から逃げられないことに恐れ、あろうことか産後すぐの母と私を置いて姿をくらました。
 それから数年で母も亡くなり、そのタイミングで現れたのが伯父だった。

 その頃、伯父はヴェルセルグの当主の座についたばかりであり、妻であるリリアーナ夫人のお腹には子がいた。
 身重のリリアーナ夫人を屋敷に残して私を迎えに来た伯父は、そこから私を連れて四日ほどかけて帰路についた。

 本当なら三日で戻れる距離だった。
 けれど道中、私はひどい高熱にかかり、近くの宿場町で一日寝込んでしまった。
 リリアーナ夫人は、私が寝込んでいた間に亡くなってしまったのだ。

『リリアーナ、リリアーナっ!』

 ヴェルセルグに到着した私がまず最初に見たものは、二つの棺の前で泣き崩れた伯父の姿だった。

 本来、リリアーナ夫人の出産予定日はひと月後で、まだ十分に時間はあった。だが、運悪く伯父の不在中に産気づいてしまい、お腹の子は取り出せたが母子ともに命を落とす結果になってしまった。

『なぜ、こんなことに……僕が君のそばを離れていなければ、君のそばにいたら……!』
『……おじさん』

 実の母が死んでしまい、一人ぼっちだった私に手を差し伸べてくれた伯父。そんな彼が泣き崩れる様は、まだ幼い子供であっても胸が張り裂けそうな思いだった。

『二人に触るな!』

 棺に触ろうとしたわけじゃない。ただ、伯父のそばに寄り添いたいと子供ながらに思った。しかし伯父は誰一人近寄ることを許さなかった。

 伯父に腕を振り払われ、私はその場にへたり込んだ。
 強い拒絶を示されてどうすればいいのかわからなかった。

 ただ、そのときの私の頭にはある罪悪感が芽生えた。

『ごめんなさい、おじさん……』

 私が熱を出して寝込まなければ、きっと伯父は二人の死に目に会えていた。もしかしたら助かる手立てがあったのかもしれない、と。

 その後、リリアーナ夫人と生まれて間もない赤子の葬儀が執りおこなわれたが、私は与えられた別棟にこもって日々を過ごした。

 誰も私に構っている暇なんてなかったし、むしろ迎え入れた時期が最悪だったので、存在自体疎まれていた。
 唯一、ナタリーだけは私の世話係として交流をとっていた。彼女も私を好ましくは思っていなかったけれど、それでも私が関わりを持つ数少ない人だった。

 それからも伯父とはすれ違ってばかりで、久しぶりに顔を合わせたのはアカデミー編入を伝えられた一度きり。
 お互い本音で話すこともせず、私の居住場所は皇都へと移り、それから亡くなったと知らせを受けるまでヴェルセルグの屋敷に戻ることはなかった。

『あいつはもう死んだんだ。これまでは庇護下にあったようだが、私はお前をヴェルセルグの人間とは認めていない。さっさとここから出ていけ!』

 伯父と祖父が亡くなり、ヴェルセルグを継いだのはもう一人の伯父、ヤーコブ。
 祖父の一番目の息子であるヤーコブは、二人の葬儀が終わるとすぐに私をヴェルセルグから追い出した。
 皇都ではイヴァノフに婚約破棄をされ、急遽代替わりをしたヴェルセルグに私の居場所など存在しなかった。

 そして、言われた通りヴェルセルグを去ろうとする私を引き止めたのが、元々ナタリーの下についていたというメイドだった。

『どうか、どうか……こちらをお受け取りください。前当主様がククルーシャ様に宛てた手紙です』

 そのメイドは私に手紙が詰まった装飾箱と、たった一つの遺品を手渡した。
 ほかの伯父の私物はすべてヤーコブに没収され、これだけしか残らなかったのだと。メイドから受け取った遺品は、"ゾフの贈り言葉"と記された本だった。

 ゾフとは、下界に降りた魔神が初代ヴェルセルグ当主に名乗った名だとされている。

 魔神ゾフは三獣を授けたほかに、初代ヴェルセルグ当主に多くの言葉を贈り、それが記録されているのが"ゾフの贈り言葉"という古本。
 ヴェルセルグの人間は、代々この贈り言葉から『洗礼名』を選び、自身の子に与えるのが習わしとなっている。

 私にもいつの間にか与えられていた洗礼名があった。
 まがいなりにもヴェルセルグの血が流れる者だということで、伯父が与えてくれたことは知っていた。
 けれど、洗礼名の意味は知らなかったし、聞く機会もなかった。知ろうとも、聞こうともしなかった。

 だからこそ遺品を渡されて、初めて自分の洗礼名の意味を理解したとき、言葉を失った。

『フィリアメーラが……我が、愛し子……』

 ククルーシャ・フィリアメーラ・ヴェルセルグ。
 それが私の名前。

 溢れんばかりに入れられた装飾箱の手紙には、深い謝罪と、いつも私の身を案じているという、伯父の想いが綴られていた。

 そして、手紙の最後には、毎回同じように。

 "愛する娘 ククルーシャ
 君が健やかであることをいつも祈っている"

『ああ、ああ……! どうして! どうして私は一度も……っ!!』


 私の人生は、いつも後悔ばかり。
 悔いたところでもとには戻せない。私を心から愛してくれた人に、何一つ言葉を返せなかった。

 それが――


「おとうさま」

 都合の良い夢で響いたその声は、ひどくたどたどしかった。

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