恋のリハーサルは本番です

第140話 耐えろって言う方が無理だろ

稽古終わり。

照明が落ちかけた舞台袖で、桜井蓮は壁に背中を預けていた。

「……はあ」
ため息が、深い。

「珍しいな」
声をかけてきたのは、高峰翔だった。

ペットボトルの水を一口飲みながら、余裕のある笑み。

「主演様がそんな顔するなんて」
「うるさい」
蓮は即答する。

「……ちょっと、付き合え」
「は?」
「いいから」
半ば引きずるように、誰もいないロビー奥へ。

「で?」
翔は腕を組む。
「今度は何。
演技? 脚本?
それとも──」

にやり。
「脚本家さん?」

「……」
蓮は黙ったまま、額を押さえた。
「……あかりさんがさ」

「はいはい」

「今日の稽古、わざとだろ」
「どれ?」

「立ち位置。間。沈黙」
翔の眉が、わずかに上がる。
「わざと“近づけて”、
わざと“触れさせない”」

「……」
「で、亜理沙は何も知らずに距離詰めてくる」
「……」

「……あれ、耐えろって言う方が無理だろ」
本音が、零れた。

翔は、しばらく無言。
それから、くつくつと笑い出す。

「はは……」
「笑うな」

「いや、面白くて」
「最悪だなお前」

「だってさ」
翔は一歩、蓮に近づく。
「全部、書かれてるじゃん」

「……は?」
「脚本家・水無月あかり。
恋を自覚した女が、
一番最初にやることなんて決まってる」

蓮の視線が、鋭くなる。
「……何だよ」

「試す」
翔は、はっきり言った。
「自分の感情を。
相手の反応を。
距離を越えずに、越えたいかどうか」

「……」

「で、君は?」
翔は肩をすくめる。

「越えたい側」

「……っ」

言葉にされて、胸が痛む。

「でも行かない。
触れない。
連絡もしない」

「……」

「優しいねえ。
正しいねえ」
翔は、わざとらしく拍手をした。
「だから負ける」

「……何?」

「恋も、舞台も」
ピタリ、と空気が張る。
「翔」

「安心しなよ」
翔は、真っ直ぐ蓮を見る。
「俺は行くから」
「……」
「欲しい役も。
欲しい感情も」
「……」
「脚本家だろうが、
線だろうが」
一歩、引く。

「越えないなら、
奪うだけ」
しばらく、沈黙。

蓮は、低く息を吐いた。
「……最低だな」

「知ってる」
翔は笑う。
「でもさ」
少しだけ、声を落とす。

「それでも、
君が“待つ”って選ぶなら」
一拍。

「俺が勝つ」
翔は去っていく。

一人残された蓮は、拳を握りしめた。

(待つのは、優しさか?)
(それとも──)
逃げか?

遠くで、稽古場の明かりが完全に落ちる。

同じ夜。

同じ舞台。

でも、
選び方だけが、違っていた。
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