恋のリハーサルは本番です
第146話 余裕の裏側で、彼は逃げない
稽古場のロビーは、昼下がりの光が差し込んでいた。
次のシーンまで、ほんのわずかな空き時間。
あかりはノートパソコンを開いたまま、画面を見つめていた。
書き足したい台詞はある。
けれど、指は止まったままだ。
「……悩んでる顔だな」
不意にかけられた声に、あかりは顔を上げた。
高峰翔だった。
コーヒーを片手に、いつもの余裕のある笑みを浮かべている。
「そんな顔、桜井の前では見せないのに」
「……からかわないでください」
あかりは視線を戻そうとするが、翔は隣の椅子に腰を下ろした。
「からかってない。
脚本家が“書けない顔”してるの、俺は嫌いじゃない」
「変な趣味ですね」
「本気の証拠だから」
あかりは、少しだけ言葉に詰まる。
翔は舞台上では派手で、強気で、隙がない。
なのに今は、不思議なくらい落ち着いている。
「……翔さんって、いつも余裕ありますよね」
ぽろっと、零れてしまった本音。
翔は一瞬だけ目を細め、カップの縁を指でなぞった。
「余裕、ね」
そして、あっさりと言った。
「それ、勘違いだよ」
「え?」
「俺はね、逃げないって決めてるだけ」
あかりは思わず翔を見る。
「欲しいものがあったら、欲しいって言う。
勝ちたい相手がいたら、正面から殴りに行く」
さらりと言うが、その言葉は重かった。
「余裕があるように見えるのは、
迷ってる時間を、人より先に終わらせてるだけだ」
(……迷ってない、わけじゃないんだ)
翔はあかりの視線に気づき、少しだけ笑った。
「もちろん怖いよ。
でもさ」
翔は、あかりを真っ直ぐ見る。
「桜井みたいに“相手の立場”を理由に止まるより、
俺は嫌われる覚悟で踏み込む方を選ぶ」
その言葉に、胸がちくりと痛む。
(蓮さん……)
「誤解しないで。
俺はあいつを否定してるわけじゃない」
た翔は肩をすくめる。
「優しいんだよ、あいつは。
優しすぎて、自分を後回しにする」
少しだけ、声のトーンが変わった。
「でも、恋はさ。
待ってるうちに、終わることもある」
その言葉は、あかりの胸に深く刺さった。
「……翔さんは」
あかりは、意を決して聞いた。
「私のことも……ですか?」
翔は一瞬、驚いた顔をして、
それから、ゆっくりと笑った。
「当然」
即答だった。
「脚本家としても、一人の女性としても。
どっちも含めて、興味がある」
ドキリとする。
でも、不思議と嫌じゃない。
「でも」
翔は、あかりのノートパソコンに視線を落とした。
「今、あんたが見てるのは俺じゃない」
核心を突かれ、あかりは言葉を失う。
翔は立ち上がり、軽く背伸びをした。
「だから、今は踏み込まない。
それが俺の“余裕”」
振り返り、にっと笑う。
「ただし──
逃げ続けるなら、俺が攫うから覚悟しといて」
冗談めかした口調。
でも、目は本気だった。
翔が去ったあと、ロビーには静寂が残る。
あかりは、胸に手を当てる。
(……ずるい)
余裕の正体は、
自信じゃない。
強がりでもない。
“覚悟”だった。
そして──
(蓮さんは……)
あの人は、どんな覚悟で、あの言葉を言ったのだろう。
その問いが、
あかりの心を、もう一度大きく揺らした。
次のシーンまで、ほんのわずかな空き時間。
あかりはノートパソコンを開いたまま、画面を見つめていた。
書き足したい台詞はある。
けれど、指は止まったままだ。
「……悩んでる顔だな」
不意にかけられた声に、あかりは顔を上げた。
高峰翔だった。
コーヒーを片手に、いつもの余裕のある笑みを浮かべている。
「そんな顔、桜井の前では見せないのに」
「……からかわないでください」
あかりは視線を戻そうとするが、翔は隣の椅子に腰を下ろした。
「からかってない。
脚本家が“書けない顔”してるの、俺は嫌いじゃない」
「変な趣味ですね」
「本気の証拠だから」
あかりは、少しだけ言葉に詰まる。
翔は舞台上では派手で、強気で、隙がない。
なのに今は、不思議なくらい落ち着いている。
「……翔さんって、いつも余裕ありますよね」
ぽろっと、零れてしまった本音。
翔は一瞬だけ目を細め、カップの縁を指でなぞった。
「余裕、ね」
そして、あっさりと言った。
「それ、勘違いだよ」
「え?」
「俺はね、逃げないって決めてるだけ」
あかりは思わず翔を見る。
「欲しいものがあったら、欲しいって言う。
勝ちたい相手がいたら、正面から殴りに行く」
さらりと言うが、その言葉は重かった。
「余裕があるように見えるのは、
迷ってる時間を、人より先に終わらせてるだけだ」
(……迷ってない、わけじゃないんだ)
翔はあかりの視線に気づき、少しだけ笑った。
「もちろん怖いよ。
でもさ」
翔は、あかりを真っ直ぐ見る。
「桜井みたいに“相手の立場”を理由に止まるより、
俺は嫌われる覚悟で踏み込む方を選ぶ」
その言葉に、胸がちくりと痛む。
(蓮さん……)
「誤解しないで。
俺はあいつを否定してるわけじゃない」
た翔は肩をすくめる。
「優しいんだよ、あいつは。
優しすぎて、自分を後回しにする」
少しだけ、声のトーンが変わった。
「でも、恋はさ。
待ってるうちに、終わることもある」
その言葉は、あかりの胸に深く刺さった。
「……翔さんは」
あかりは、意を決して聞いた。
「私のことも……ですか?」
翔は一瞬、驚いた顔をして、
それから、ゆっくりと笑った。
「当然」
即答だった。
「脚本家としても、一人の女性としても。
どっちも含めて、興味がある」
ドキリとする。
でも、不思議と嫌じゃない。
「でも」
翔は、あかりのノートパソコンに視線を落とした。
「今、あんたが見てるのは俺じゃない」
核心を突かれ、あかりは言葉を失う。
翔は立ち上がり、軽く背伸びをした。
「だから、今は踏み込まない。
それが俺の“余裕”」
振り返り、にっと笑う。
「ただし──
逃げ続けるなら、俺が攫うから覚悟しといて」
冗談めかした口調。
でも、目は本気だった。
翔が去ったあと、ロビーには静寂が残る。
あかりは、胸に手を当てる。
(……ずるい)
余裕の正体は、
自信じゃない。
強がりでもない。
“覚悟”だった。
そして──
(蓮さんは……)
あの人は、どんな覚悟で、あの言葉を言ったのだろう。
その問いが、
あかりの心を、もう一度大きく揺らした。