妹ばかり見ている婚約者はもういりません
「ジュスティーナ様。私、ラウロ様からリグラの枝の成分を研究したいから、持ってくるよう頼まれていたんです」

「そうなんですか」

「はい、けれどこの後すぐに広間のお掃除をしなくてはならなくて……」

 エルダさんは頬に手をあてながら、どこか芝居がかった口調で言う。それからいたずらっぽい目で私を見ながら、灰色がかった数本の枝を差し出してきた。

「ジュスティーナ様がラウロ様のところまで届けてくださいませんか? ラウロ様は今、一階の研究室で木の生態を調べているので、そちらへ持って行っていただけると助かります」

「え……っ」

 エルダさんの表情は、明らかに楽しそうだった。多分、本当はそこまで急いでいるわけではないのだと思う。

 私にラウロ様の研究室まで行かせる口実なのだろう。

 私はエルダさんの顔とリグラの枝を交互に見て、迷っていた。


「……わかりました。届けてきます」

 それでも断る理由はないので、私は黒いリボンで束ねられた数本のリグラの枝を受け取った。

 にこにこと嬉しそうにこちらを見ているエルダさんに別れを告げ、私は戸惑いつつもお屋敷の中へ戻っていった。


***

 お屋敷の静かな廊下を、預かったリグラの枝を持って歩く。

 エルダさんがあんなことを言うものだから、なんだかラウロ様に会いづらかった。早く枝を渡して立ち去ろうと考えながら足を進める。

 ラウロ様は植物を研究するためにお屋敷に研究室を作ったらしい。

 エルダさんによると、しょっちゅうそこで珍しい植物の生態を調べたり、薬草の効果の研究をしたりしているのだとか。

 そう聞くと、なんだかとても気になる。先ほどまで今はラウロ様に会いづらいと考えていたのに、現金にも研究室の中を見せてもらえないかななんて思いが浮かんできた。


「青い扉……あの部屋ね」

 研究室は一階の奥の青い扉の部屋だと聞いていた。

 廊下の突き当たりに、それらしい木製の青の扉があるのが見える。おそらくここだろうと思って扉を叩いた。

 中から返事は返ってこなかった。

 ラウロ様は研究に集中すると周りの音が聞こえなくなることがあるらしい。返事がなくても部屋に入ってしまって大丈夫だとエルダさんは言っていた。

 許可されていないのに扉を開けるのに少し抵抗があったが、エルダさんがそう言うのだからとノブを回す。


 あっさり扉は開き、中を覗くと、そこには壁一面を覆いつくす書棚があった。

 書棚だけでなく、その前に置かれたテーブルにも本や書類らしきものが山積みになっている。部屋の真ん中に置かれた書棚に遮られ、奥の方はよく見えなかった。

 ラウロ様の姿が見えないけれど、部屋の奥にいるのだろうか。
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