忘却の蝶は夜に恋う
二章 波乱の幕開け
普通の令嬢とは何だろうか。生まれも育ちも平凡なノクスがその特徴を挙げるならば、真っ先に浮かぶのは淑やかで慎ましいことだ。間違っても大口を開けて笑ったり、男のような言葉遣いをしたり、扉があるのに窓から入ってくるどこぞの誰かのようではないだろう。
ほんの数日前にノクスの婚約者になったイスカは、普通の令嬢とは何もかもが異なっている。そんな彼女は貴族の社交界で“変わり者令嬢”と呼ばれているそうだが、当の本人は気にも留めてなさそうだ。
「──待たせたね、婚約者殿」
時刻は正午。休日であるというのに、出掛ける羽目になってしまったノクスは、目の前にいる婚約者と嫌なくらいに青い空を交互に見てから、小さな溜め息を吐いた。
「……なんだその格好は」
「この格好かい? いつも通りだけれど、変だろうか」
イスカがその場でくるりと回る。紺色のスカートがふわりと揺れ、なめらかな光沢を放つ革靴が顔を見せた。上にはシンプルなブラウスを合わせており、華美なものを好まないノクスの目には好印象に映ったが──気になったのはそこではない。
ノクスはイスカの手元を覆う手袋を見つめながら、眉を顰めた。
「そんなに着込んで暑くはないのか」
「おや、私の心配をしてくれているのかい?」
何が嬉しいのか、イスカはぱあっと笑った。彼女の装備はそれだけではなかったらしく、手首に掛けていた日傘も広げている。
ほんの数日前にノクスの婚約者になったイスカは、普通の令嬢とは何もかもが異なっている。そんな彼女は貴族の社交界で“変わり者令嬢”と呼ばれているそうだが、当の本人は気にも留めてなさそうだ。
「──待たせたね、婚約者殿」
時刻は正午。休日であるというのに、出掛ける羽目になってしまったノクスは、目の前にいる婚約者と嫌なくらいに青い空を交互に見てから、小さな溜め息を吐いた。
「……なんだその格好は」
「この格好かい? いつも通りだけれど、変だろうか」
イスカがその場でくるりと回る。紺色のスカートがふわりと揺れ、なめらかな光沢を放つ革靴が顔を見せた。上にはシンプルなブラウスを合わせており、華美なものを好まないノクスの目には好印象に映ったが──気になったのはそこではない。
ノクスはイスカの手元を覆う手袋を見つめながら、眉を顰めた。
「そんなに着込んで暑くはないのか」
「おや、私の心配をしてくれているのかい?」
何が嬉しいのか、イスカはぱあっと笑った。彼女の装備はそれだけではなかったらしく、手首に掛けていた日傘も広げている。