忘却の蝶は夜に恋う
「肌を日に焼かれたくないからね。乙女の嗜みというやつだよ、婚約者殿」
「…………乙女の嗜みか」
ノクスは改めてイスカを上から下まで眺める。彼女の瞳と同じ色の傘に、ブルーのリボンが掛けられた白い帽子、レースの手袋、ロングスカートと革靴の隙間から見えた黒いタイツ。肌を守るためにそんなに着込まなければならないのなら、外へ出掛けなければいいのに。貴族らしく、邸に仕立て屋の人を呼べばいい。
(そうまでして出掛けたいのか)
乙女のこともイスカという一人の少女のことも、全く分からない。分かろうとも思わないが、イスカが今日を楽しみにしていたことだけは理解できたノクスは、ふっと息を吐いてから歩き出した。
国一の商業区である城下町の中心には、生活に欠かせないものから変わった施設まで入っている。中でも仕立て屋は庶民でも手が届くリーズナブルなものから、貴族が好むような華美で色とりどりなものなど、様々なお店がある。
寝間着を除いて、黒色の服しか着ないノクスは、仕立て屋に入っても採寸をするだけで、あとはセバスチャンが対応してくれる。そんなノクスに、誰かの──ましてやよく分からない異性の衣装を選ぶことなんて出来るのだろうか。
目的地に着いたノクスは、嬉々とした表情をしているイスカと建物を交互に見てから、ゆっくりと息を吐いた。