忘却の蝶は夜に恋う
ノクスとイスカが入った仕立て屋は、庶民から貴族のものまで取り扱う有名店だ。店内には最近流行りのデザインや新作の衣装が飾られていて、見るだけで目が疲れてしまいそうなくらい煌びやかだった。
イスカは仕立て屋に来たことがないのか、興味津々に見て回っていた。既製品のコーナーを楽しそうに見ているが、彼女は貴族の令嬢だ。布から選んでデザインを決めた方がいいだろう。
「……ご令嬢。好きな色はあるのか」
「特にないかな。私に似合っていれば何でも構わないよ」
ノクスは眉根を寄せた。さらりと難しいことを言ってくれる。
「では、よく着ている色は?」
「それも特にないよ。赤も黄も緑も、貴殿のような黒でも、何でも着ている」
イスカは爽やかに笑うと、既製品の中から薄紫色のデイドレスを手に取り、これはどうかと尋ねてきた。女物の衣服に関してさっぱりなノクスでも、彼女が着るには可愛らしいように思えたので、黙って首を左右に振った。
「ならこれは?」
次に手に取って見せてきたのは、綺麗な赤色の派手なドレスだ。くっきりとした目鼻立ちの彼女に似合っているとは思うが、体に合わせた姿を見るとしっくりこなかった。
イスカは「難しいね」と苦笑する。それはこちらの台詞だ、とノクスは返し、広い店内の奥へと向かった。