忘却の蝶は夜に恋う

「いらっしゃいませ、プルヴィア様。ご注文ですか?」

「ああ。夜会用のドレスを仕立てたい」

 店内の奥にあるカウンターでは、衣装のオーダーを承っている。ここでは好きな布を選んで店主とデザインを決め、一から作ってもらうことができるのだ。

 ノクスは贅沢を好まないが、一般には並ばない黒色の衣服を好んで着るため、いつもこちらで購入している。……品を選ぶのはセバスチャンだが。

「おや、いいのかい? 一から仕立ててもらうなんて」

 馴染みの店員と話をしているノクスの後ろから、イスカがひょっこりと顔を出す。

 店員はイスカの顔を見るとにこやかに微笑んだ。

「これはこれは、お綺麗な方ですね。恋人ですか?」

「……いや」

 何が気に入らなかったのか、イスカがムッとした顔をする。

「いや、とは何だ。私は貴殿の婚約者だろう」

「婚約者と恋人は違うだろう」

「別物ということかい? それじゃあ君は、婚約者がいる身でありながら恋人を作るということか?」

「どうしてそうなるんだ」

 ノクスはがっくりと項垂れた。ならばどうなるんだ、とイスカが責め立てるように顔を近づけてくる。空色の瞳は力強く、吸い込まれそうな輝きを放っていた。

 ノクスは慌てて目を逸らし、変な咳払いを一つ吐き出す。そうしてぐるりと目を動かし、どうしたものかと思考を巡らせたその時、ある物が目に入った。
< 38 / 77 >

この作品をシェア

pagetop