忘却の蝶は夜に恋う

(────あれは)

 ノクスの目に留まったのは、星空のような色合いの生地だった。それは店員の後方にずらりと並んでいる棚の一角で、存在を主張するように煌めいている。

「──右から十一番目の布を見せてくれないか」

「婚約者殿?」

 突然棚を指差したノクスを、イスカが不思議そうに見てくる。

「こちらですね」

 店員は踏み台に乗って、ノクスが指定した生地を取り出すと、目の前のカウンターに広げてみせた。木板に巻かれた生地は、曇り一つない夜空に無数の星が浮かんでいるかのように美しい。

 ノクスはそれをイスカの白い肌に合わせてみた。ワインのような赤色も夏の花のような黄色も草木のような緑も、どれもこれもイスカは似合っていたが、一番しっくりきたのはこの色だ。

 限りなく黒に近い、けれどノクスのものとは違う。小さな光がたくさん散りばめられている。

「この布で仕立ててくれ」

「かしこまりました。デザインは如何いたしましょう?」

「そういうのはよく分からないから、彼女に似合いそうなものを決めてくれ」

 布だけ決めて後のことは丸投げなノクスに、店員は緩やかに笑った。注文用紙を取り出し、ノクスに羽根ペンを差し出す。

 ノクスは流れるような字で自分の名前を記し、採寸室に向かうイスカの背を見送った。
< 39 / 77 >

この作品をシェア

pagetop