忘却の蝶は夜に恋う
(────あれは)
ノクスの目に留まったのは、星空のような色合いの生地だった。それは店員の後方にずらりと並んでいる棚の一角で、存在を主張するように煌めいている。
「──右から十一番目の布を見せてくれないか」
「婚約者殿?」
突然棚を指差したノクスを、イスカが不思議そうに見てくる。
「こちらですね」
店員は踏み台に乗って、ノクスが指定した生地を取り出すと、目の前のカウンターに広げてみせた。木板に巻かれた生地は、曇り一つない夜空に無数の星が浮かんでいるかのように美しい。
ノクスはそれをイスカの白い肌に合わせてみた。ワインのような赤色も夏の花のような黄色も草木のような緑も、どれもこれもイスカは似合っていたが、一番しっくりきたのはこの色だ。
限りなく黒に近い、けれどノクスのものとは違う。小さな光がたくさん散りばめられている。
「この布で仕立ててくれ」
「かしこまりました。デザインは如何いたしましょう?」
「そういうのはよく分からないから、彼女に似合いそうなものを決めてくれ」
布だけ決めて後のことは丸投げなノクスに、店員は緩やかに笑った。注文用紙を取り出し、ノクスに羽根ペンを差し出す。
ノクスは流れるような字で自分の名前を記し、採寸室に向かうイスカの背を見送った。