忘却の蝶は夜に恋う


 願いごとが三つ叶ったら、イスカはノクスの前からいなくなる。これはノクスとの婚約を強引に決めたイスカが一方的に取り付けた誓約だ。

 一つ目の願いは、ノクスにドレスを見立ててもらうこと。昨晩のノクスは全く乗り気ではなかったが、一刻も早くこの婚約を終わらせたい為か、早速休日を使って仕立て屋に連れてきてくれた。

 意外なことに、ノクスは適当なことをしなかった。昨日も今日も何がどう違っているのか分からない黒色の服を着ているノクスだが、この衣装は似合うかとイスカが提案すると、真面目な反応が返ってきたのだ。

 そして次には、イスカのことなんて微塵も興味がなさそうなノクスが、イスカに似合う布を選んでくれた。両の手では数えきれない色の布が並んでいる棚から、ただ一つ、夜色の布を選んでくれたのだ。

(──てっきり、既製品の中から手に取ったもので、適当に頷かれると思っていたのだが)

 イスカは鏡に映る自分の姿を眺める。

 同じ年頃の子と比べて背が高く手足も長いイスカは、ふわふわとしたお姫様のようなデザインが似合わない。それを自分でもわかっていて、敢えてノクスの前で広げて見せたのだが──ノクスは似合わないと首を横に振ってくれた。

 それはイスカを見ていなければできないことだろう。イスカ自身を見てくれたから、できたこと。

 イスカはシャツのボタンを留めながら、緩々と唇を綻ばせていった。
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