忘却の蝶は夜に恋う
「そうか、残念だな。私が贈ると言っても、君は受け取ってくれなさそうだし」
「高価な贈り物をする財があるなら、今後設立する施設へ寄付してもらった方が有り難い」
「何を設立するんだい? 詳しく聞かせてくれたまえよ」
イスカはノクスから日傘を受け取り、空いている方の手で彼の服の袖を握った。いつか彼の腕に手を添えられる日が来ることを夢見て、今は黒い布の端を掴む。
ノクスは伏し目がちに「とりあえず店を出よう」と言い、ゆっくりと歩き出した。邸を出た時よりも歩幅は小さくなっていた。
店を出ると、太陽の光が二人の顔を照りつけた。イスカは急いで日傘を広げ、陽の光から逃げるように傘の下へと潜る。
その時にノクスの服を掴んでいた手は離れ、彼とは一歩分の距離が空いてしまった。
「──先ほどの話だが」
イスカの斜め前を歩くノクスが、眩しそうに目を細めながら口を開く。イスカは小走りで隣に並び、傘を傾けて彼の横顔を見上げた。
「設立する施設というのは、子供のための施設だ。先の皇帝が色々とやらかしてくれたせいで、この国には親がいない子供が多い」
「それは孤児院のことかい? 首都にもいくつかあったと記憶しているが」
「いいや、孤児院とは少し違う」
どういうことかとイスカは首を傾げる。すると、ノクスと視線が交わった。真っ直ぐで綺麗な、深い青色の瞳だ。