忘却の蝶は夜に恋う
「──ほほー、仕立て屋デートですか」
「別にデートというわけでは」
翌日、城に出仕するや否や、ノクスは上司である宰相のエヴァンに捕まっていた。どこからか情報を仕入れたのか、或いは身近に目撃者でもいたのか、なぜかノクスがイスカと出掛けていたことを知っていたのだ。
今日は皇帝の執務室ではなくノクスの仕事部屋に居座る気なのか、エヴァンは書類の山と椅子を一つ運び込んでくると、そこで仕事をし始めた。
イスカ並みにお喋りなエヴァンの口は話題が尽きることがないらしく、ノクスを余計に疲れさせたが、これほど喋れなければあの皇帝の側に十年も居られないのだろうと思った。
「──ところでノクス。式典のことですが」
「どうかなさいましたか」
間もなく、この城では現皇帝の即位一年を祝う式典が開催される。戦後から一年しか経っていないのにお祝いごとをするのは、と皇帝は開催を渋っていたが、名だたる貴族たちが開催を懇願したのだ。お祭り騒ぎで首都を活気づかせることで、経済は回り、民のためになるからと。
「東の国境を治めるハルメルス辺境伯が、参加できないと返書を寄越してきたのです。ここのところ、東では小競り合いが絶えないらしく」
エヴァンはノクスに一通の手紙を見せてきた。差出人はその辺境伯のようで、ざっと目を通してみると、忙しいから無理だという旨が記されている。
「当主の御子息は代理で来られないのですか?」
ハルメルス辺境伯には息子が何人か居たはずだ。
エヴァンは渇いた笑みを零すと、懐からもう一通の手紙を取り出し、ノクスに差し出した。