忘却の蝶は夜に恋う
「じきに夏が来るというのに……増え続けているのか」
イスカの呟きに、ヴィルジールは硬い声で返す。
「奴らの食い物がなくなった、という原因が考えられるが、それなら昼夜問わず現れるはずだ」
このローリエという青年からの報告書によると、春が来ても魔獣は減らないどころか、夏を目前にした現在でも日増しに増えていき、夜になると人里を襲いに現れるそうだ。
「彼らの住処で何かあったのだろうか」
「その調査をする為に、魔術師団から腕の立つ者を数名貸してくれないかと打診があった」
「なるほどね。腕の立つ者か……」
イスカは革のソファに身を預け、宙を見上げながら魔術師団の人間の顔を思い浮かべる。真っ先に浮かんだのは元婚約者であるセドリック・オールヴェニスだったが、彼は自分の手を汚すことを嫌う。やんわりと笑顔で断り、身代わりを推挙してきそうだ。
「セドリック・オールヴェニスには既に断られている」
「その名を出さないでくれたまえよ」
イスカはくすりと笑いながら答える。寡黙なヴィルジールの口から、その名が出てくる日が来るとは。
セドリックは皇帝派と反皇帝派のどちらにも属さない、中立派を代表するオールヴェニス公爵家の人間だ。だがセドリック個人はヴィルジールのことを嫌っているのか、以前イスカがセドリックの前でヴィルジールの名を出した時、それはそれは嫌そうな顔をされてしまった記憶がある。