忘却の蝶は夜に恋う
「お前の記憶にいる魔術師なんて、あの次男くらいしかいないだろう」
「むむっ、それは聞き捨てならないね。こう見えて、何人かの顔と名前が浮かんでいるよ」
「なら今すぐここに連れてこい」
「私は君の部下ではないのだが?」
無表情で難題を吹っかけてくるヴィルジールに耐えきれず、イスカはけらけらと笑い出した。そこへ、ドアを叩く音が鳴り、蹴破る勢いで開かれる。
現れたのは宰相であるエヴァンと、その部下でありイスカの婚約者でもあるノクスだった。
「陛下、大変です!」
「なんだ」
何かとんでもないことが起きてしまったのか、エヴァンはこの世の終わりのような顔をしている。その横にいるノクスを見遣ると、彼は疲れ切った顔をしていた。
「お疲れ様だね、婚約者殿。何かあったのかい?」
ノクスはため息を吐くと、ヴィルジールの足元で体を丸めながら泣きついているエヴァンを顎で指す。
「見ての通りだ」
「ううん、全く分からないね」
イスカは小さくなっているエヴァンに「何があったんだい」と声をかける。するとエヴァンが水を得た魚の如き勢いで顔を上げた。
「ご令嬢たちがっ……」
「ご令嬢たちがどうしたんだ?」
「式典の日の陛下のパートナーの座を巡って、ホールで喧嘩をしているのです!!」
イスカはぱちくりと瞬きをした。