忘却の蝶は夜に恋う
現場に到着すると、言い争う声が聞こえた。一体何事かと見物に来ていた人たちの間から覗いてみると、派手なドレスを着ている女性が取っ組み合いをしながら騒いでいる。あれが例のご令嬢たちなのだろう。
「これが女の争いというやつか」
イスカは感心したように頷き、人混みの中を突き進んでいく。ノクスは後ろにいるエヴァンとヴィルジールに先を譲り、自分は少し距離を空けてついて行った。
ヴィルジールの来訪に気づいたのは騎士のひとりだった。彼が「陛下」と呼び敬礼をした事で、その場にいる人間が次々と振り返る。
アスランだけが軽く頭を下げてから、此方に近寄ってきた。
「やっと来たか! ジルまでいるとは!」
「一体何事だ?」
「夜会のパートナーの座を巡って喧嘩しているんだ。ジルが人前に出るのは即位式以来だから、夜会で踊る相手がジルのファーストダンスになるだろう?」
ファーストダンスという単語でヴィルジールの眉がピクリと上がる。
「くだらない。怪我人が出る前に早く止めさせろ」
「おいジル、まさか騎士団に止めろって言うんじゃないだろうな」
「それ以外に誰がいる」
ヴィルジールはそう冷たく吐き捨てると、自分の腕に絡みついているエヴァンを振り払い、来た道を戻ろうとしている。