忘却の蝶は夜に恋う
ノクスは所作が綺麗だ。グラスの持ち方も、フォークとナイフの動かし方も、公爵令嬢であるイスカと並んでも遜色ないくらいに。
じっと見つめていたことに気づかれたのか、ノクスがすうっと顔を上げた。
「僕の顔に何か?」
「すまないね、見入ってしまっていた。貴殿の目と鼻と唇と手に」
イスカの返答に、ノクスは変なものを食べてしまったような顔をした。はあ、と呆れたような声を返すと、フォークとナイフを置いて水が入ったグラスを手に取る。喉に流し込むのかと思いきや、ノクスは何もせずにテーブルの上に戻した。
「ご令嬢。今朝のことだが」
「ガルシア侯爵令嬢とリベラ伯爵令嬢のことかい?」
「ああ。貴女は何故あんなことを言ったんだ?」
イスカはセバスチャンが持ってきてくれたホットミルクをひと口飲んでから、ほうっと息を吐いた。
「ああでも言わないと、あの二人はカチカチに凍っていたと思うよ」
「凍るとは?」
「ヴィルジールに決まっているじゃないか」
ノクスはイスカが何を言っているのか分からないようだ。切れ長の瞳は軽く瞠られている。